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9) 鍋パーティー 〜前編〜

突然、小野の携帯が鳴り出した。
(おおっ! はるかさんからだ)
小野はざわつく場所からやや静かな場所へ素早く移動して電話を取った。
「はい、小野です」
『もしもし、箱崎ですが……小野くん?』
「そうです」
『ごめん、今話せるかな?』
「ええ、大丈夫ですよ、何かありました?」
『んん、と、大したことじゃないんだけど、小野くん、今日の晩は空いてる?』
「……全然、OKですっ! 空いてますよ」
(……またもや、許せっ、西川……)
『そう、よかった。実は今日、家でね鍋を弓道部の後輩達とするんだけど、小野くんもこないかなって、思ったんだ、どう?』
「ええ、もちろんご相伴させて下さい。でもいいんですか? 沢山来られるんじゃ……」
『何、言ってるの? 全然大丈夫だよ。それより、明日は仕事? じゃなかったら泊まっていったら?』
「あぁ、仕事じゃ……ない、です。いいんですか?」
『どうせ、他も泊まっていくでしょ? 大丈夫だから……それから、何も持ってこなくていいからねっ。買い物はしてあるから……』
「あのう、全部で何人ぐらいですか?」
『今日の“鍋”? ……ええっと……俺と君をいれて全部で8人かな、それぐらい』
「そうですか……わかりました」
『じゃ、8時ごろ僕の家に来てくれる?』
「ええ、お邪魔します」
『……うん、それじゃぁ、今晩ね』

小野は嬉しいような悲しいような複雑な心境を抱えたまま、携帯電話の電源を切って暫くの間ぼんやりとしていた。
(誘ってくれるのはあり難いんだけど……その他大勢の一人ってのがなぁ)
小野は誘われた嬉しさを飛び跳ねて表現したいが、流石にこの見知らぬ人が居る路上でそのいうこともできず、ニヤケる表情をなんとか真顔に保ちながら、会社の後輩である西川へ『奢りのキャンセル』を入れなくてはと思っていた。
(あいつって、タイミングわりぃなぁ〜)
と、思いながらすぐさま、西川へ連絡を入れると、
「ええっ〜またですかぁ〜」と不平を漏らしたが、小野にしてみればここは譲れるはずもなく、半ば強引に話を切り上げ「また、今度にしてくれよ」とさらりと言って電話を切った。

小野は鍋のメンバーが気になるといえばウソになるが、取りあえず全部で8人ということなので缶ビールをワンケース、買って持っていくことにし、会社の帰りにディスカウントの酒屋で購入しようと考えた。

「あのう、小野ですが」
名前を言うや否や箱崎宅の玄関のドアが開き、がやがやと人のざわめきが聞こえ、明るく笑う箱崎が現れた。
「いらっしゃい、待ってたよ」
毎回見慣れた笑顔の出迎えとはいえ、小野はその度に緊張を隠し切れなかった。
「は、はぁ、お邪魔します」と小さく囁いた。
その声に不安を感じた箱崎は、やや俯きかげんに顔を伏せる小野の顔に素早く手を差し伸べて、
「……風邪?」
というと、小野は慌てて彼の手を振り払い「ぜ、ぜ、ぜんぜん……ちがいます」と顔を真っ赤にしながら言った。
「でも、顔も赤いし……」と言い続ける箱崎を部屋の奥に押しやり、小野は半ば強引に部屋の中へ入っていった。
(あんな風に笑顔で出迎えられると、ドキドキするよ……)
小野は未だに小野が笑顔で出迎えてくる事に少し、恥じらいがあった。

箱崎のこじんまりとしたリビングには既に後輩らしい男達がいて、それぞれが動き回っていた。
「紹介するよ、彼がさっき話してた小野くん」
箱崎は小野の腕をとり自分の部屋のようにくつろいでいる男達に向かって言った。
「小野くん、こっちが後輩で弓道部の沢渡くん、森くん、吉田くん、二ノ宮くん、安川くん」
箱崎に呼ばれた後輩達はいっせいに大きな声で返事をし、それぞれが自身の名前を言って自己紹介をした。
「で、彼は同級で現在も弓仲間の……」
「牧野さん?」
「そうそう」
「お噂はかねがね、聞いてます」
小野は笑いながら牧野に手を差し伸べた。
「あぁ、俺も聞いてるよ。又、こいつがドジったのを助けたって……」
笑いながら、牧野はそう言って小野と握手をした。
「牧野〜っ! 余計なことはいわなくていいよ」
箱崎は先の事件のことを牧野には喋っているようで、やや頬を上気させながら言った。
「おおっ! ドジなことってなんですかーっ?」
箱崎の反応を面白がった後輩達はいっせいに、疑問の声をかけ、
「なんでもないよ、気にするなー」と、箱崎は一喝してその場を治めようとした。
小野が箱崎の家に入ってからも、和やかな談笑は続き、そろそろ鍋の用意に取り掛かろうということになった。

「今日の鍋って何が入ってるんですか?」
箱崎いわく一番食い意地のはっているのは沢渡だそうで、小野が来る前から早くこないかなぁなどと言って、ひとりソワソワしているらしかった。
「はははは、“ちゃんこ”だよ……量があって食べた気がするから」
箱崎が笑いながら言うと後輩達はまるで子供のように「おーっ!」などといって歓声を上げた。
テーブルの上には二台のガスコンロが並べられ、それぞれからは暖かい湯気が立ち上がっていた。小野は自然に箱崎の側に立ち、彼の手伝いをしていた。
すると、箱崎が小野に囁くように喋りかけた。
「今日は人数が多いから“ちゃんこ”にしたけど、今度は“はげ”にしようか? あれなら、“キモ”も食べれるし……」とさりげなく言った。小野はなぜか箱崎が言った言葉に胸の鼓動が早くなった。
(……って、ことは“二人だけの時”ってことだろうか?)
「は、はぁ……」
「?」
「小野くん……“はげ”嫌い?」
「?????」
小野が箱崎の言葉に悩んでいると、横から牧野が、
「小野くん、関東だろ? 魚の“かわはぎ”のことだよ……“はげ”っていうのは。美味さはふぐなみだよなぁ。小骨も少ないし、鍋の中にいれるとうまいんだぜ、しかも結構、値段も高い」と言って笑った。
「あぁ、そうですか……俺、あんまり詳しくないんで…すいません」
と、小野は頭を掻きながら恐縮そうに言った。
箱崎は、
「あれ〜、こっちでは“はげ”っていわなかったっけ?」
と、不思議そうな顔をしていた。
牧野がそれに答えるように「言わないよ」と言った。
「なんで“はげ“って言うんですか?」小野は不思議そうに聞いた。
牧野が「そういや、何でだろう? お前が”はげ“って言うからそうだと思ってた」と答えると箱崎が、
「単純明快。あの魚さ、皮を剥く時“ずるっ”っと剥けるだろ? だからだよ」
「「ええっ?!」」
箱崎のうんちくを素直に聞いていた二人が驚きの声をあげた。
「……そんなに、驚かなくても」
「そうなの?」
と長年付き合いの深い牧野も驚きの声をあげて聞きなおした。
「そんな風に言われると……自信なくなっちゃうけど、そう言う風に“ばあちゃん”が言ってたけどなぁ……ちがうのかなぁ?」
「「……へぇ〜」」
牧野と小野は声揃えて頷いた。

箱崎はよほど機嫌がいいのか鼻歌交じりに材料を並べ、料理を楽しんでいるようだった。
そんな箱崎を牧野は見やりながら小野に話し掛けた。
「あいつ、学生の頃からちっとも変わってないなぁ」
「……そうなんですか?」
「あぁ、料理の腕がよくってね、合宿の時なんか他のクラブのやつらが食いに来るぐらいだったし、又、こいつが嬉しそうに料理するもんだからさ……人が集まってくるんだ。おかげでいつも、合宿中は賑やかで、食事の時間になると、弓道部の部員が3倍増し状態になる」
牧野が懐かしそうな表情をして話をする姿は、小野にとって嬉しいと思う半面、自分の知らない箱崎の姿を知っている牧野に対して苛立ちを隠せないでいた。

小野はこのまま牧野や後輩達の側にいるのに耐えられなくなっていた。
牧野は小野に自分の知らない箱崎をこれ見よがしに語ってくるし、その他大勢の後輩達は、何の遠慮もなく 箱崎に接している事が嫌で仕方がなかった。このまま、この中で埋もれていると、自分を押さえられなくなるのではと感じ始め、そうならないようにその場から去る方法を見つけようとした。

テーブルでは男達が集まり、いまや遅しと待ち構えていた。箱崎は相変わらず忙しそうに、さして広くもないキッチンとテーブルを行ったり来たりを繰り返していた。小野はそんな箱崎を見ながら後を追いかけるようにして台所へ向かった。
「何か手伝いましょうか?」
「すまないね、君に手伝わせてばかりだ。いいから、座ってて」
「俺は、じっとしているのが苦手なんで……何か手伝いますよ」
小野は見下ろすように箱崎を見やりながらそう言うと
「……じゃぁ、外のコンビニで“アイスクリーム”人数分買ってきてくれる? 酒は、小野くんが持ってきてくれたから足りるだろうし……食後は“アイス”でいいだろ?」
箱崎が優しい笑顔で言いながら、小野に自分のサイフを渡して言った。

小野は箱崎のサイフを手に持ちながら不思議な感じを覚えていた。
(はるかさんのサイフか……)
そんな仕草の小野を箱崎は不思議そうに見やりながら、
「……あんまり入ってないんで、高級アイスは買えないかも……」
「ははは……適当に買ってきます」
小野は笑いながら玄関へ向かうと、後ろから二ノ宮が走ってきて「俺も行きます」といって一緒に出てきた。
「煙草切らしちゃって……」と、二ノ宮が言って外出理由を小野に言った。
「何を買うんですか?」
「アイス」と、小野は答えた。
 小野は箱崎に対して親しい態度をとる後輩達に、大いに嫉妬をしていて、いつ、自分自身が爆発するかわからない状況だったので、なるべく係わり合いになるのを避けたつもりだったのだが、歳の近い青年達はこちらの思惑とは反対方向のように、無粋に、無邪気に押し入ってくるようだった。

「……小野さんは、箱崎先輩の会社の後輩ですか?」
小野は喋りたくもない二ノ宮との会話をなんとか切り抜けようと、少々自分の気持ちを押さえるようにゆっくりと答えた。
「……いや、正確には箱崎さんの会社の協力会社に勤めていて……いわゆる出入り業者なの」
「そうなんですか……」
二ノ宮の返事にはまだ言いたい事があるような含みのある返事で、小野は二ノ宮が喋らなかった言葉が気になった。
「なにか?」やや、眉間に皺をつくり威圧的な態度で小野は聞き返した。
そんな態度に驚いた、二ノ宮は慌てて弁解を喋りだした。
「あっ、いえ……なんだか、珍しかったものですから……気に障ったんでしたら謝ります」
「いや、そういうことじゃないんだけど……」
小野は知らず知らずのうちに、相手を威嚇していたんだと認識をし『まずい展開だけはしてはいけない』と思った。
「いやぁ、箱崎先輩に度々飯を奢ってもらってますけど、“弓道”以外のつながりで友人の方がこられたことなんて、なかったものですから……なんだか、珍しいなぁと思っただけなんで……すいません」
本当に申し訳なさそうに喋る二ノ宮をみて驚いたが、その内容にも驚きを隠せなかった。
(弓繋がりで来た人物はいるが、それ以外にはいない?)
小野はもしかしたら自分は特別な人間ではないかと思い、それは単なる自惚れかもしれないが、今はそれすら嬉しい見解だった。小野は妙に高揚する気分を押さえつつ、二ノ宮には「言葉遣いがきつく感じたかもしれないが、現場にいる人間なんで」などという言い訳を繰り返していた。

小野はコンビニでアイスを購入し、一緒についてきた二ノ宮は自分の煙草を購入してコンビニを後にした。
 小野と二ノ宮は箱崎のマンションに帰る道すがら、当り障りのない会話をして帰宅すると、既に鍋の準備が整っていて、沢渡がひとり「早く、食おうぜ〜」と、今か今かと二人の帰りを待ちわびていた。

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