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13) 今頃、真打登場?!

昼飯ってどこで食うの?」
蒼太の興味は既に“昼飯”に移ってしまったようで、さすがの箱崎も子供の変り身の早さに苦笑いを漏らした。
箱崎は一息ついてから振り返って小野を見た。
「……小野くん、昼どこで食べる?」
急に話し掛けられた小野は、その屈託の無い瞳に問い掛けられ、見とれてしまった。

「……お、俺はどこでもいいですよ。はるかさんこそ、何か食べたいものとかないんですか?」
小野は内心ドキドキしながら平静さを装った。
「俺はねぇ……う〜ん」
妙な間があいた時に、すかさず割って入ったのは蒼太だった。
「お客は俺やから、俺の食べたいもんやったらあかん?」
小野はそう言い放った蒼太に笑いかけながら「いいよ」と、OKをだした。

箱崎は仕方が無いといった顔をして笑い返し、立ち上がった。
すると蒼太は「焼肉っ!」と大きな声を出した。
その途端、箱崎と小野は声を揃えて「「却下っ!」」と叫んだ。
「なんでや〜、二人でハモって反対するなんて、どう考えてもおかしいやん!」
「朝から“肉”ってのはなぁ……」箱崎が苦笑いを漏らし、小野は「昨日の酒明けの一番が、焼肉ってのは結構ヘヴィかな〜って……」といった。
「俺は、ステーキでもええで」と元気な蒼太が言うと、小野はややゲンナリしたように、
「俺は……サラダで…」といった。
箱崎もそれに倣ったかのように「俺も……サラダ、希望」といった。
「げぇっ……なんで食われへんねん? 普通、食えるやろ?」
「いやいや、お前ぐらいやって……」箱崎が呆れたように言ったら、
「やっぱ、わかもん(若者)ってことや」と胸を張った。
「どうでもいいけど、どこにしょう……そや(そうだ)!」
「どこ?」
「ドンキー」
「……なんでそうなんねん……」
嫌そうな顔をした蒼太が呟いた。

小野は箱崎の提案に大きく頷いて「それなら、ステーキもサラダも注文できますね」と言った。
「蒼太、あそこならパフェもあるし……ええやん」
「……はるかは俺を子ども扱いしてるやろ? パフェぐらいでうれしない!」
「ははは、まぁそういわんと。“チョコパ”好きやろ? そうしよ、そうしよ」
箱崎は我ながらいい提案を思いついたといわんばかりに、顔をほころばせて出かける用意をしだした。
小野は「はるかさん、俺、昨日車でしたから、車で出かけましょう」と、声を掛けた。
「あっ、ごめん……いいんかなぁ?」
「いいですよ、どうして?」
「うっ……う〜ん、いや、いい。……じゃ、飯食ってから駅まで、かまへんかなぁ(いいかな)?」
「ええ、そのつもりです」

 箱崎は『とりあえず、片付けを』といいだして、バタバタと部屋の慌しく動き出した。小野は所在なさげな蒼太にちらりと目線をおとして、箱崎の腕を引っ張って部屋の隅へといった。
「ど、どうし……?」
「はるかさん、腕、痛むんでしょ?」
小野は少し眉間に皺を寄せながら、見下ろすように言った。
「……痛そうにしてた?」箱崎の声は妙に冷静で、ばれた事がそれほど重大な事ではないと思えるほど、落ち着いていた。

「昨日から気になってたんだけど……腕、擦ったり、右肩をやけに触ってたから」
小野は箱崎の鎖骨のあたりに触れて撫でた。
「あっ……いや、そうなんだ。ちょっと、痛むんだけど」
羞恥心を顔にいっぱいに表すように、真っ赤になって俯いたが、小野の手首を握ってやんわりと自身の身体から外した。
「……」
「完治してないのに、“弓”やってたからかな」
「……テーピングをしてるっていってなかったですか?」
「あぁ、してるけど……昨日は忙しかったし、今日は昨日の今日だから……」
『あれ…俺、何言ってんだろ?』箱崎は、妙な言い訳をする自分が可笑しかった。

「じゃぁ、今からでも遅くないですから、肩にテーピングしてくださいよ」
小野は箱崎の返事も聞かず、手を握ったままバスルームへ連れて行き、洗面台の前に置いてあったテープを握り締めて、箱崎に向き直った。
「はい、脱いで」
「……え、えっ?!」
「何してんです? シャツの上からなんて、テーピングできないでしょ?」
そう言うと、小野は箱崎のシャツの裾を掴んだと思うと、たくし上げて、脱がせようとした。
「ちょ、ちょ、ちょっと……待ってっ」
慌てて、裾を握り締めて引き戻そうとするが、体格差では勝る小野を引き止めることができず、されるがまま、なすがままの無抵抗状態で、脱がされてしまった。

 小野は上半身裸の箱崎を見て内心、驚いた。
怪我の介護の時にチラリと覗いた胸を見た時に、かなりの筋肉質だとは思っていたが、これは想像以上のものだった。
 "弓“という武道をしているからか、上半身の筋肉はきっちりと筋が浮かぶほど固く締まっていて、鎖骨から上腕部にかけての筋肉のつき方が、実に美しかった。小野は、今まで付き合ったことのある男の中で、運動を職業とした男とも関係があったのだが、 箱崎の身体はそれ以上に、見られる体だったのだ。ただ、長身ではないせいか、筋肉モリモリといった感じではなく、もっとスレンダーな感じで"鑑賞に堪えうる”ものだったのだ。

 小野は興奮するよりなにより、箱崎の上半身に見とれてしまっていた。
方や箱崎は、小野に脱がされた恥ずかしさで、心臓が飛び出るほど驚いていたし、顔から火が出るぐらい真っ赤になっていた。小野は恥ずかしそうにしている箱崎の表情もかわいいと思う半面、恥ずかしさで赤く染まりつつある体を舐めまわしたい衝動を押さえるのに、神様の弟子になるための試練でも受けている感じがした。

『あぁ……しゃぶりたい、骨の髄まで味わいたいなぁ』
小野の心の声は幸い、洩れる事はなかったが、目の中に光る欲望の炎は箱崎を不安に駆り立てていた。

「あ、あの……小野くん……」
「えっ? …あ、はい。なんでしょう?」
小野は見透かされていたかもしれない自分の欲望を、知らぬ存ぜぬでこの場を抜けようとした。
小野はテープを握り直して「いつもひとりでやってたんですか? ……上手くできます?」
そういいながら、右腕を伸ばすように引っ張って言った。
「あ…あぁ、まぁ、慣れてるしね。……そのテープを腕の付け根から、肩を通り、首の付け根まで伸ばしながら、貼ってくれる?」
「……こう、ですか?」
「そう、そう……もうすこし、右よりに筋肉の筋に添って、ね」
「こう、ですね?」小野は内心ドキドキしていた。
触る肌はつるりとした感触で、先ほど恥ずかしそうにしていたなごりか、やや体温が高くて暖かさが指を感じて身体に流れてくるようだった。
「……今度は、腕の付け根から肩甲骨のあたりまでひっぱって……」
「……こうですか?」
「うん、そうそう……うまいね」
「えっ? そうですか」
小野は箱崎の言葉に、気がそがれてしまった。
内心、悶々とした滾るものを抱えていたのに、たった一言で、萎えてしまう自分も自分だが、やはり、箱崎の攻略は『勢い』でイクしかないのかとも思い、溜息をついた。

 無事、何事も無く箱崎のテーピングは貼り終り、小野はバスルームからでて、リビングに居る蒼太をチラリと見てから、台所へ向かった。コップを戸棚からだして水道の蛇口を捻って水を出し、コップに注ぐと、ゴクゴクと勢い良く飲み干した。まるで、砂漠の真中で口の中のざらつきや渇きを癒すように……。

箱崎は生乾きの髪をドライヤーで乾かしたりして、身支度を整えるためにまだ、バスルームにいた。
箱崎は小さく震える手を見ながら、ドヤイヤーを動かしていた。
『彼の瞳が気になって仕方が無い』それが、今の箱崎の本音だった。

 昨晩の小野の行動が、箱崎自身に気付かせてしまったことからだということも、自分自身がよく知っている事だった。
『昨日、触られたとき……俺の身体の震えが止まらなかったことに、彼は気がついただろうか?』
それは、恐れと驚きが入り混じった感情と同時に、触れられた喜びも感じている自分がいた印のようなものだったからだ。
 しかし、それを口に出す事も、どういうふうにすればいいかも、考えは及ばなくて、まるで何もする気の起こらない動物のように、淡々と普段と変わらない生活を送るように心がけるだけだった。
 ただ、箱崎にとって幸運だったのかはわからないが、自分を偽って平静さを保つ事の処世術を身に付けていたのは、流石に嫌な世間を何十年と渡ってきた賜物であると、自嘲気味に鏡の自分に笑いかけた。


                   ************************


 レストランでの他愛も無い食事も終り、今だ、愚図って駄々をこねる蒼太を、箱崎は無視し、駅までなんとかつれてきた。
 箱崎は構内で蒼太の切符を買ってから、志野木に連絡を入れた。
「14時50分ののぞみに乗せるから、そっちへ着くのは17時27分や」
『何号や?』
「23号」
『わかった、行くって蒼太にゆうてくれ。……“逃げるんや、ないぞ”って念押しすんのも、わすれんといてくれ、な?』
「あぁ」
 箱崎は携帯を切ると、蒼太に「大阪駅で陽平がまってるって」と伝えると、蒼太は特に関心を示す風でもなく「ふ〜ん」と答えた。箱崎は目線を合わそうとしない蒼太の髪の毛をくしゃりと握り、触ると「ちょっと、買いもんしてくる」と小声で言った。
蒼太はその言葉にも反応を示さず、頷いただけで下を向いたままだった。

箱崎は振り返って、小野に向き直り声を掛けた。
「ちょっと、待ってて、買い物してくるから」
「ええ、どうぞ」
箱崎が駅構内にあるお土産や走っていく姿を目で追いながら、小野は手持ち無沙汰のように煙草を取り出そうとした。

「……なぁ、小野さん」突然、蒼太がやや沈んだ声で話し掛けた。
「何?」
「小野さんって……はるかのなに?」小野は蒼太の質問に心底肝を冷やした。
「な、何って?」
「だからぁ〜、友達、同僚? それとも……恋人?」
「うっ……」
小野は返事に窮し、黙ってしまった。すると蒼太はそんな小野を不思議に感じる風でもなく、チラリと流し目を送り言葉を続けた。

「はるかってモテるやろう? ……そう、おもわへん? もう、40も過ぎてんのに、結構かわいとこあるしぃ天然ボケがこれがまた、倍、かわいいんや。せやけど、なんでか、女には縁がないねんなぁ。……せやから、未だに独身や。まぁ、俺にとっては願ったり叶ったりやけどなっ」
「まぁ、なぁ……」小野は相槌を打つように返事した。
「なんや、その調子やったら“まだ”やねんな?」
(……“まだ”って何がだ?!)
小野はこうも明け透けに言葉を繋いでくる子供に戸惑いを感じながらも、これだけ開けっぴろげに言われると隠している自分がいい加減、馬鹿馬鹿しく思えた。
「……ライバル、多いでぇ〜、覚悟しぃや〜」蒼太は自分が一番だと言わんばかりに楽しそうに笑った。
「あんなぁ、これは内緒やけど、はるかを狙ってるのは小野さんだけやないでぇ……おやじもやで。ただ、おやじは自覚がない分、今のところ俺らが有利や。せやからって油断は禁物や。なんせ、俺と知り合うより前に知りおうとる。これは、結構ハンデあると思わへんか?  まっ、せやからって、俺が尻尾巻いて逃げるなんてことはせえへん……なんせ、俺は愛されてるからなぁ、はるかに。で、小野さんはどうする?」
言い放った内容とは裏腹に、悪戯そうな子供の顔をした図体のデカイ高校生が小野と向かい合ってた。
明らかに挑発するように……。

 すると、少し離れたところから箱崎が手を振りながら「ごめん、ごめん」と言い、駆け寄ってきた。
顔を箱崎に向けたまま、小野へ蒼太は囁きかけた。
「なっ、あんなこと平気でするねんで〜。見てる方が、恥ずかしいってゆうねんっ」
確かに、箱崎のやや乱れた呼吸に合わせるように頬が上気し、薄っすらと額に汗を滲ませて、笑う口からは赤い舌がチロチロと見え隠れした。
「ごめん、待った? ……今日、結構人が多くって……」
といいながら胸を押さえていた。

「なぁ〜これや。これをわからんでやってるから、始末悪いっちゅうねん。……みんな、見てるやん。あ〜ぁ、勿体無いなぁ……人が見たら減るようなきぃ(気)するわ」
蒼太は箱崎に聞かれないように小野へ言った。
(なんだかなぁ、ガキにまで言われてるよ……)
小野は心の中で悪態をつきながら、顔では笑っていた。

「ううん、全然まってへん。何買うてきたん?」
蒼太が笑いながら箱崎に近寄り、握られた紙袋を覗いた。
「おっ! “舟和の芋羊羹”やん、って……おやじの好物やんか……」
箱崎はニコニコと笑いながら、
「羊羹の一つは、陽平に渡してな。もう一つは、おじさんとこに。……でこっちの、小さいほうあるやろ? めぐみさんの好きな”あんこ玉”こうてきたから、渡しといてなっ?」
「おかんにも、こうてきたんか?」呆れたように蒼太は箱崎に言った。
「そうや〜……なんや、こうたら(買ったら)あかんかったみたいな言い方やなぁ。俺がこうてきてんから、ちゃんと渡すやんで? わかったな?」
「……わかった」
渋々、返事をした蒼太を愛おしむように箱崎は頭を撫でた。
「渡す時にはちゃんと話できるように、新幹線の中で考えとけよ、ええな?」
「……」
蒼太は黙ったまま紙袋の中身を眺めていた。
小野は、箱崎の態度があからさまに、子供を諭すような言動で蒼太に告げたことを見て、
『当面のライバルは志野木さんで、蒼太じゃないよ』と心の中で笑った。

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