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5) 楽しい食卓

小野は箱崎が起きるまで数分待った後、彼から住所を聞いて箱崎の自宅マンションへ向かった。
「…じゃぁ、これで俺、帰ります」名残惜しげに小野は箱崎を見つめた。

「あの…小野くん、よかったら家で飯食っていきませんか?」
「えっ?」
「この格好じゃぁ、外食するのもなんなんで…いいものはできませんけど、適当でよかったら俺、つくりますから、食べませんか?」
「そりゃぁ…嬉しいですけど、箱崎さん大丈夫ですか?」
「??あぁ、怪我の具合ですか? 一人暮らしなんだから、何が何でも自分で何とかしないといけませんし…慣れてますよ。それに、誰か居ないと作る気もおきないから、そのまま食べないで寝ちゃいそうだし…」
箱崎は笑いながら右のわき腹を押さえていた。
「俺、つくるのヘタなんで手助けにはならないけど、いいんですか?」
「ええ、お客さんに手伝わせたりしませんよ。どうぞ、上がってください」
箱崎はドアの鍵を取り出して開けて、自分が先にはいって『どうぞ、これを・・・』といいながら客用のスリッパを差し出した。

小野は『なんだか普通の家に客として行った』感じを覚え、こんな歓迎の仕方をされたのは、高校のころ女友達の家に遊びに行って以来だと思いおこしていた。

 小野はスリッパを履き中へと入るとそこは流石に箱崎が住んでいると思わせるのに十分な内装だった。無駄な物が無く、整然と片付けられた部屋は実にシンプルで清潔感が漂っていた。
奥にドアがあるところを見ると、マンションの間取りとしては2LDKのようだった。

男の部屋などと言うものはどこも取り立てて違いなどないものだ。性格的に綺麗に整理整頓されていたり、酷く乱雑だったり、だ。しかし、箱崎の部屋は綺麗に整頓されているが、特にオシャレに気をつかった感じの内装ではなく、極々普通の感じ、つまり何の変哲もない飾り気の無い部屋だった。ただ、リビングにある一番目立つ位置にあるオーディオシステムがやけに存在を主張するように据えられていた。

小野は興味津々で篠崎の部屋を眺めていた。
暫くして、奥の部屋から出てきた箱崎は汚れて裂けてしまったズボンを脱ぎ、若干大き目と思われるサイズのジーンズに履き替えて出てきた。

「着替え、大丈夫でしたか?」
小野は脱臼した腕を心配して箱崎に問い掛けた。
「ええ、ニ、三日は冷やして、後三週間ほど固定すれば大丈夫だろうと言ってましたから…。まぁ少々痛みますが今のところ支障はないですからね」

箱崎は“脱臼なら何度か経験済み”だと言いたかったが、余計に心配をかけるのではないかと思い、そのことは喋らなかった。
小野は、安堵を浮かべた面持ちで「…箱崎さん、ジーンズ穿くと一層若く見えますね」と言った。
「ははは、よく言われます」
箱崎は言われなれているセリフを軽く受け流し、キッチンへと向かった。小野はそのあとをついていって、対面式のキッチンのカウンター越しに両手を突いて、お手伝いを待つ子供のように彼の反応を待った。

「小野くん、ゆっくりして下さいよ、今日は俺のことで忙しかったでしょう?」
箱崎は振り向きもせず冷蔵庫から材料を物色しながら言った。
小野は覗き込むようにして、
「箱崎さんこそ、怪我してるんでしょ? 俺がやりましょうか…って言いたいとこなんですが、俺、基本的に飯系統がからっきしダメなんですよ…なんだったら出前でも取りますか?」 と言った。
「いや、大丈夫です。痛みはクスリが効いてるし…俺は自炊歴が無駄に長ですからね〜得意分野なんで任せてください…あっ、それより…」
箱崎は大根を右手で握り締めながらやおら振り向き、
「此処の向かえにコンビニがあったでしょう?」
「???コンビニですか???」
「えぇ、そこにいってビールでも買ってきてくれませんか?」
「はぁ、いいですが…箱崎さんは病人ですからダメですよ?」
「ははは、違いますよ、あなたの分です。俺はアルコールが元々ダメな方なんで…小野くんは車だけど、なんだったら置いて帰ればいいし、ね?」
「へぇ、飲めないんですか? 珍しいですね」
小野は『置いて帰ればいい』と言う言葉を意識してしまい、その話題に触れないように話を変えてしまった。
「いやぁ、飲めないてことではないんですが、弱いんですよ、すぐ赤くなっちゃうんで、普段は飲みません」
やさしい笑顔を浮かべながら、箱崎はサイフから5千円札を一枚抜き、小野に手渡そうとした。
小野はその仕草を直ぐに察知して、片手で止めるようなジェスチャーをして「行ってきます」といって玄関口へ行った。
小野はコンビニに向かいながら『さすがに、あれじゃぁ誘ってると思われても仕方がないぞ?』と思いながら大きく溜息をついた。
ほどなく、小野がコンビニから自分の飲む分より少々多いレギュラーカン6本のビールを買ってきた。

 しばらくすると、料理が出来上がりだした。ちくわの中に胡瓜やチーズが入った軽いつまみに、さしみ蒲鉾。空いた腹には結構持ちがよさげな、やきそばに具だくさんの味噌汁。アジの開きに野沢菜の漬物。山芋の短冊切りには茹でたオクラまで乗せてあった。
しかも台所の方からは煮物のいい匂いが流れてきた。

「有り合わせなんで…なんだか、無国籍でしかも思いっきり、庶民的なメニューですね」と、テレながら箱崎が言った。
「あっそうだ、この間総務の女の子が旅行に行ったお土産で、『イカの軟骨の塩辛』をもらったんだった。…結構、イケルっていってたっけ?」といって、箱崎はなにやら貰ったままの包み紙から小ビンを取り出した。
テーブルに並べられた料理をしげしげと眺めていた小野は久しぶりに“普通の料理”を見た気分だった。

 小野はもともと手先は器用だが、料理の腕前はからっきしダメでゆで卵を料理というならそこまでどまりで、あとはレトルトかカップラーメンなどの“お湯をそそいで何分?”などというものか、レンジでチンのメニューだった。したがって、必然的に外食になるわけで、偶の休みには実家へ転がり込んで兄嫁の手料理をご馳走になる生活を送っていた。
 勿論、同棲生活を何度か送っていた時期もあったが今だかつて“料理の得意な同性”との同棲は送ったことが無かった。
『新鮮だなぁ〜』改めて、小野は感動していた。

「いや、俺、料理はまったくって言っていいほど、しない人間なんで…凄いですね、箱崎さんって、それに美味しいそうな匂いがしますよ?!」
「はははは、そんなに喜んでくれるんならもっと腕を振るえる材料を揃えておけばよかったなぁ」
箱崎は楽しそうに笑っていたが、わき腹が痛むらしく眉間に皺を寄せながら左手で押さえていた。
「大丈夫ですか、痛みますか?!」
その様子を見ていた小野は箱崎の側に掛けより、彼を覗き込んだ。
「だ、大丈夫ですよ…イテテテ。怪我したばかりですから、痛くないって言うと嘘になります…ね」
そうとう、痛むらしく身体を縮めてその場に座り込んでしまった。
「っつう…」
「箱崎さんっ!!」
「…大丈夫ですよ、そんな声出さないでください」
小野は彼を抱えるようにして、テーブルの近くにある椅子に座らせた。
「クスリが切れかかってるんでしょうか? …目まで痛くなっちゃって…」
「もう一度、病院へ行きますか?」
「いや、大した事は無いです、医者からはあと数日は痛むだろうからとは、言われてましたから…それに…折れてるわけじゃない、し」箱崎の顔をみると、青ざめた顔色で苦しそうに唇を歪めていた。
その時、小野の心がざわつき始めて彼に対して妙に冷静に見ている自分を感じていた。
『あぁ、こんな表情もするんだ』と。

「…さぁ、冷めてしまいますから早く食べませんか?」
苦しそうに歪めた唇に、小野を思いやった笑顔を浮かべた箱崎の表情が妙に色っぽいと思ってしまった。
「あっ、はい…」
そんな表情を見てしまった小野は見つめていた恥ずかしさから口元を押さえて、箱崎の正面に座った。

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