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2)運命と呼べるなら

久しぶりの登校は、ギクシャクとしたものだった。
友達と呼べるのかどうかは不明だが、クラスメイトはまるで僕を腫れ物に触るように扱う。
きっと、母が何かを担任の教師に告げたのだろう。

何度、こんな状況に身を置かなくてはならないのか?
嘆きはいつの日か諦めへと変わった。
しかし、考えを変えて、そうでもいい、と思えば気が楽だった。
同情の目で見られるのも、最近では気にならない。
寧ろ好都合だと思い始めた。

 自分が優位に立っていると思い込んでいる同級生たちを、冷ややかな目でみるのも面白い。
下心満載で友達面した女や男は、笑顔の影で何を企むのか?
僕について何の興味も無いクセに、笑顔で接してくるのも、一興だ。

担任の教師の目も、扱いに困ったように焦点が定まらない。
あぁ、なんて世界だろう。
そんな毎日を又繰り返すのかと思うだけで、生への執着が揺らぐ。
代わり映えのない世界、無味無臭の世界。

 僕はある日の学校帰り、校舎の裏に引き込まれる学生を見た。
それは、幾度となく繰り返して、何度目かの登校日のことだった。それも日常だ、と思う半面何故か興味をそそられた。
小さなその影は、僕よりも尚白い顔をしているように見受けられた。

そして、僕はそっと近づいて様子を伺う。
鈍い音が連続で聞こえる。
その度に押し殺した声がくぐもって聞こえた。
砂を蹴散らすような渇いた土の音が、時折聞こえ、下卑た笑いがその場を取り巻いた。
お決まりのように捨て台詞を言い放ち、これもまたお決まりのように、相手を殴る音が幾度か聞こえた。
暫くすると、嫌な舌打ちが聞こえた。
一段と鈍い音が聞こえたが、不思議と苦痛であろう学生の声は漏れては来なかった。
勝ち誇ったような学生達の高笑いが辺りに響いたが、何事も無かったように又、辺りは静まり返った。

僕は一度も声を上げなかった学生に興味をそそられ、その顔をもっとよく見ようと校舎の角をまがった。
しかし、そこは意外な光景を映し出していた。
殴られて土の上に倒れている姿を想像していた僕は裏切られた気分だった。
学生はフラフラだったが、両足でちゃんと立ち上がっていて、校舎の壁にもたれて片手でおでこの辺りを抑えていた。
肩で荒い息遣いをし、右手は弛緩したように真っ直ぐ伸びきっていた。

僕は学生服を土で汚し、立っている青年の顔を凝視していた。
ポケットからハンカチを取り出して、僕の存在に気付かない彼の目の前に差し出した。
途端、弾かれたように学生は僕を見た。

学生は僕より1つ下だろうか見たこともない青年だった。
「血がでてるよ。これを」
僕は目の上を派手に切って血を流している青年に差し出したが、青年は訳がわからないといいたげに、差し出されたハンカチを見ていた。
その時、青年が笑った。

いや、笑ったように見えた。
理由は判らなかったが、青年は小さな声で「結構です」と言いその場から立ち去ろうとした。
僕は青年が笑った理由を知りたくて彼の腕を咄嗟に掴んだ。
途端に、少年は苦痛に顔を歪め、うめき声を上げた。
「ご、ごめん。痛かった?」
その場に蹲った青年に慌てて声をかけた。
青年はこちらの顔を見ずにただただ、被りを振り続けた。

「大丈夫? 保健室でも…」
そう言って彼の背中に手をかけたらその手を振り払われた。
自分のしたことに驚いているのだろうか、僕よりも青白い顔をした端正な青年の顔が戸惑いに歪んでいた。
「…ごめん」
僕は何故かその青年には素直に謝った。

青年は哀しそうに目を伏せて、少し赤くなった頬を隠すように下を向いた。
すると、青年が下を向いたまま小さな声で、
「…その、そのハンカチを頂いてもいいですか?」と言った。

僕はその青年の反応に驚いて直ぐに返事が出来なかった。
すると、青年は上を向き僕の目を恥ずかしそうに見つめながら「貴方のその、ハンカチを僕に下さい」といった。
僕はただ黙ったまま青年にハンカチを差し出した。
青年は土まみれになった制服の埃を払う事もしないで、立ち上がり、殴られて上手く歩けない片足を引き摺りながら歩き去った。
僕の白いハンカチを握り締めて…。

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