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3)待ちわびて

あの青年を見ることはそれ以後、無かった。
僕は心のどこかで彼と会える機会を心待ちにしていた。
僕よりも少し背の低い、華奢な身体をした青年は、殴られてもボロボロにされても立っていたのは、彼の自尊心ゆえだったのだろうか?  僕はそんな不思議な雰囲気のあるその青年にもう一度逢いたかった。

 彼は黒々とした瞳の奥に、強い意志を宿していた。
細い髪はサラサラと風に揺られ、絹のような光沢があった。
とても興味をそそられた。
それは奇妙な感覚を僕にもたらしてくれた。
初めて味わったその甘美な感覚は、僕に何かを齎してくれるのではないかと、期待に胸を膨らませた。

 あれから数日たっても校内で彼を見つけることは出来なかった。
だからと言って、大っぴらに彼を探していると、ふれ回って歩くわけにもいかなかったので、正直言って僕は、落胆を隠せないでいた。

そんな様子を家人たちは勘違いしたのか、又具合が悪いのではないかと心配していた。ただ、僕は正直に話をしようとは思っていないので、そのままにしておいた。
それに、ここ最近は、彼のことが頭を離れず、気になって仕方がない。
そのことばかりに囚われていたら、身体の変調も気にならなくなっていた。それでも、この弱くて使い物にならない身体は、日々憔悴し、頭と心とは裏腹に自由を奪いつつあった。

その日、何故か6時限目の授業も無事受ける事が出来た。
クラスメイトたちも余程、僕が最後までいたのが珍しかったのか、教室はいつになく浮ついた雰囲気を漂わせていた。
僕は何かを言いたくいて仕方がないといった、同級生たちに目もくれず、帰宅の徒についた。
まるで晒し者か、珍しい動物でも見るような目つきで舐めまわされるのは、正直言って苦痛が伴っていたからだ。
いくら、諦めたといっても慣れないものは慣れないのだ。

ただ、このまま家に帰るのも億劫なことだった。
変わりばえのしない家人の顔は、僕の気持ちを更に落ち込ませるのに十分だったので、自然と足も遅くなり、オマケに体調までもおかしくなっていった。
暮れかけた風景が、奇妙に歪んで見え、僕は血の気が下がるように指先が冷たくなるの感じた。
『ここで、倒れるのかな?』
妙に冷静な事柄が頭を過ぎった。

 ふと、こんな誰も居ない鬱蒼と草木の生い茂る田舎道で、僕が倒れても誰にも見つからず、朽ち果てるのだろうか、と考えてみる。それは僕にとって甘美な扉への誘いのように思えた。
しかし、そんなロマンチックな考えは有りえないと直ぐに頭の中から否定した。
あの夜叉のような母親が僕を見逃すはずは無い。
絵空事だと一笑にふした。

最近僕は、朽ち果てたお堂を見つけた。
こんなところにあるお堂だから誰も、参拝に訪れる気配がない荒れたお堂だった。
ただ、そこに佇むお堂は僕の気持ちを汲み取ってくれるかのように、
静かに、ひっそりとそこにあった。

『…あのお堂まで後、少しだ。あそこに行けば……』
そう考える僕の頭は、まだ生に執着があるようだ。

込み上げてくる笑いを抑えながら、荒い息をして、嫌な汗を額から流しながら僕はお堂にたどり着いた。
そこは秘密の場所だった。
だから、誰も居ないはずだった。
僕が秘密にしていた場所に、誰も足を踏み入れてはいないと思っていた。
しかし、こんな日に限って先客がいたなんて……。

僕は先客の顔を見た途端、意識を失いその場に倒れこんだ。
そこは冷たい朽ちたお堂の階段だと思ったが、失ってゆく意識の中で、僕は居る筈のない青年の顔を思い出し、微笑んだ。  

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