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11)真史の予言

僕は未だに母親からの呪縛から解き放たれてはいないらしく、相変わらずの毎日を過ごしている。
高校を卒業した僕は、この地から離れて東京の大学へ通った。母は地元の大学を推挙したが僕は一刻も早くこの家から離れたかったので、家柄を理由に東京への進学を承諾させたのだ。 

この家の当主としての品格やら、何やらを引き合いに出して丸め込んだのだ。母は計算高い女だが、こと家に関しては盲目的になる。それを利用させてもらった。まぁ、僕も子供の頃よりは成長したということなのだろう。一時的にしろ家との距離をとる術を少なからず計画したのだ。
第一の段階として僕がこの家から離れることは出来た。
これは容易いことだったが僕の描いた予想図は直ぐに頓挫してしまった。

 真史が大学への進学はせず家業を継いだのだ。
その時、僕は真史を酷く詰ったように思う。
自分の側を自ら離れようとするなんて、と言いながら。
実際、真史の苦渋の選択は見て取れた。
僕の元へ向かいたい心を殺さねばならなかったことは重々承知してしていたのに。

家業の漆器屋の経営が芳しくない噂は直ぐに耳に入ってきた。
狭い土地柄ゆえそんな些細なことまで手に取るように判る。
お手伝いの富枝が井戸端で喋っていた内容は、取るに足らない噂話だと一笑に付したが、その話の半分があたっていたことを僕は後になって覚った。

 真史の父親は早くに亡くなってしまったが、この店の後とり娘だった母親は店の関係でその後直ぐに再婚した。再婚相手は店で番頭をしていた男だった。店のことを第一に考えた結果だったのだ。
 それから真史には弟が生まれ、傍から見れば至極普通な家族に見えただろう。しかし、所詮内情は他人には判らないものだ。真史は実の父親に似て、手先が器用で、幼い頃からその才能を開花させていたので職人たちからの評判はよかったが、こと店の経営と言う点ではなんともいえないものがあった。
そのことに拍車をかけたように、店の中では伝統をとるか利益をとるのかといった経営方針についての揉め事があったらしい。
そうなれば、誰が店を仕切るのか? 職人気質の長男である真史なのか、それとも、経営者として望まれていた弟の敏昭なのか。

真史はことの外、少し年の離れた弟(敏昭)を可愛がっていた。
だから、後継者問題を絡ませた店の経営方針についての問題は、真史には痛い話だったに違いない。
真史は「経営について何も知らない」とあからさまに嫌味を言われたことがあったと、珍しく愚痴を言ったことがあった。
生憎僕は真史の弟とは面識がなかったが、彼は家業についてなにも関わってはいないと真史が言っていた。彼は教師になりたいという夢があったそうで、滅多に自分の事を離さない真史が珍しく、誇らしげに弟の話をしていたことがあった。
だから、自分が応援してやらなくてはとの思いがあったに違いない。

彼の進学費用が工面できないだろうということも口さがない連中から聞き洩れてきた。
それならば、自分が出せばと思ったのだが真史はそれを嫌がるだろう。

この時からだろうか、僕の計画に狂いが生じはじめてきたのは。
本来なら、僕は東京へ、そして真史も来て二人で住むはずの計画だったのだ。
しかし、真史は進学ではなく家業を選び、地元に居着いてしまった。
理由を、その理由を真史の口から聞きたかった。
浅はかな噂話などではなく、真史から真実の話を僕は望んだ。
しかし、真史は口を固く結んで何も喋ろうとはしなかった。

ただ、僕がそのことについて(真史が東京に来なかったこと)彼を責めたてても彼は反論せず「どうか、察してください」と懇願するのみだった。真史の強情さは判っていたことだったが、問い詰める僕の心には僅かだが傷がついてしまったようだった。

僕が望む生活が得られなくなったことは甚だ遺憾なことだったが、それは又修正すればいいことだと思い直し、真史を困らせるぐらい東京に足を運ぶように言いつけた。
そして真史は言いつけを守り、それは甲斐甲斐しく僕の元へ通った。
―――多分、地元では噂になっているかもしれない。

そう考えても、誰も僕の行動を御することは出来ないだろう。

僕にとって噂などいう陳腐なものは何の意味もない。
真史との関係が公なろうが僕にとっては何の足かせにもならないだろう。
寧ろ好都合だと言ってもいい。
遠い親戚が僕にどうだと言って持ち込む見合い話が消えてくれるかもしれないとほくそ笑むぐらいだ。
それは考え出すと、止まらないくらい高揚感を伴う疼きとなって僕を包んでくれるようだった。

表面上、時は穏やかに流れているように見えた。
僕は大学在学中に、偶々気まぐれに書いた小説が話題になってしまった。
サークルなどには参加していなかった僕だが、文芸サークルに所属する友人の原稿が抜け落ちてしまい、穴埋めに書いた短編が人気を呼んだのだ。

その評判も手伝ったのか、最近創刊したばかりの『榊(さかき)』という文芸誌から長編を書いてみないかと誘われた。
『瑠璃(るり)』のような有名文芸誌ではなかったが、特に断る理由もなかったし、我ながら珍しく興味が引かれたため僕は『鉄錆(てつさび)』という題名の短編小説を書いた。それからというもの僕の書く小説が人気を得るようになった。

そして、卒業が間近に迫った4年の頃、『野干(やかん)』と言う作品が話題になりその年の新人賞候補に上がるのではないかと噂された。それからというもの、一気に僕の周りが騒がしくなった。
これは僕が意図したものではなかった事だった。
何よりも優先したかった真史との関係に影響を及ぼす事態は避けたかったからだ。

そんな舌打ちしたくなる状況でも真史は自分の事のように嬉しさを表して僕に会ってくれた。僕にはそれが幸せの絶頂だったかもしれない。

僕は無事卒業したが、煩い世間から逃れるように、同じように運命から逃れるように出てきた生まれ故郷へ帰ることになった。
嫌なことだったが、又、真史とも毎日のように会えると思い直すと、それはとてもいい選択をなのではと考えた。そして、僕の夢というか、望みが膨らんだ瞬間だった。いっそのこと一緒に暮らそうなどと考えたのだ。
楽しい幸せな生活を夢見なが僕はその想いを馳せた。

卒業式を終え、実家に帰ってもその騒々しさは続いていた。
 たかだか新人賞の候補になったぐらいで回りは今だ興奮冷めやらぬ事態に陥っていて、僕の周りは相変わらず煩かったのだ。そんな時、ふと気がつくと真史が暗い顔をして僕に抱かれていることに気がついた。
「…心ここにあらずって感じだけど、何を考えてた?」
「…あっ…いえ、何も…」
いいたいことを隠している仕草など判っているのに、それとも業と僕の気を引く為にだろうかと、考えた。
「僕が居るのに他のことを考えるのは許さないよ?」
ややきつめの口調で真史の首筋に噛み付くと、苦しく喘ぐように真史が声を上げた。
「あっ…あ、あぁ」
真史の後腔が強く締まるのが感じられた。
僕は彼の中に自身を埋め込んだまま真史を抱きしめていた。
「ち、ちがいます…」
弱弱しく返事をする真史は僕に縋りつくように身体を寄せてきた。
「じゃぁ、何に心を囚われていたんだ?」
「…凌二さんはきっと……あの作品で賞をお取りになられます」
「…?…あの作品って?」
僕は言っている意味が理解できず、眉を寄せて言い返した。
「『赤鷽(あかうそ)』です」
「…ふ〜ん、「野干(やかん)」じゃないんだ、何故?」
「……」僕は真史の肩に噛み付いた。
「うっ…んっ…」
「言って」
「……」
酷く照れたような、それでいて告げるを躊躇う様な読みきれない表情を醸し出す真史を訝しりながら、僕の背後に絡みつく真史の足の足首を持って解いた。
何が起こるのかわからないと言った不安げな表情で僕を見ていた真史は渋々とその赤く熟れた唇を開いた。
「受賞した記念すべき日に、僕は貴方に贈りたい物があります」
「…受賞するって本気で思ってるの?」
「はい、勿論です」
驚くほど、確りした真史の答えだった。
その確信はどこから来るのだろうか?
書いた本人さえも、そんんことは塵一つないことだと思っているのに。
「…それで、贈りたい物って?」
「…僕が作った品です。……受け取ってもらえませんか?」
「いらない」と、僕は即答した。
すると真史は黒く丸い瞳を、これでもかというぐらい大きく見開いて、絶句した。
しかし、僕はそんな真史を見やりながら笑うと「僕は真史が欲しい、他は何も要らない」と、いって彼の鼻先を甘く噛んだ。
「…っん!」
その途端、真史の後腔が強くしまり、僕のものはその刺激を受けて更に大きく形を変えた。
「…今、僕の形がよくわかるでしょ?」
僕は悪戯小僧のように意地悪く真史の耳元で囁くと、真史は小娘のように赤く頬を染めて俯いた。

それは、二人だけの優美な時間だった。
そんな二人の甘い関係は僕が大学を卒業しても尚、続いていた。
しかし、僕を長年苦しめるための罰は目の前に横たわっていたのだ。
その時は知る由もなく、ただ二人だけの世界に溺れていた。

そして、真史が睦言で囁いた通りあの『赤鷽』が作品賞を受賞した。


※ 登場人物やその他のもの全て架空(妄想・想像・イルージョン 諸々)の産物ですので当然「瑠璃(るり)」及び「榊(さかき)」という文芸同人誌も存在しません。真っ赤なウソです(笑)
だから、作品名の 赤鷽=まっかなウソ←おやじギャグぅ?
※ 赤鷽=スズメ目アトリ科 雄の成鳥は胸から腹のあたりが紅色でとても綺麗な鳥です。

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