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2) 出会った頃の君でいて #1

番外編 : 絶倫面食い重役のひとり言 #1-1

1ヶ月ぶりの再会なのに、キスもハグもなく、帰るなりつっけんどんな態度で荷物を片付け始める。互いの出張が重なって長い間会えなかった時などはいつもこうだ。本人は全く自覚していないが、セックスがご無沙汰になると必ず情緒不安定になる。その美しい容姿と優しく明るい性格で、世間の評価はオールAといったところだが、プライベートでは、刺のある美しい薔薇を一杯背負った気まぐれな猫みたいな男だ。出会った頃の初心な天使をこんなにしてしまったのは自分なのだから仕方がないのだが。こういうときはフルコースで朝まで可愛がってやる事にしているのだが、やり過ぎるとまた文句を言う。文句を言うだけで、欲求を満たされさえすれば、それでまた暫くは、刺のない美しい笑顔を愛でることができる。

10年前、38歳の時に、赴任先の北米から突然帰国を命じられた。今度は東京本社の精密機器を扱う事業部の部長職だ。努力すればその成果に見合うだけの希望が叶えられる学生時代とは異なり、会社では運や理不尽や圧力などによって人生が左右される。これらのおかげで研究所、海外、そしてこの事業場へと転がされてきた。どこでも全力投球で上げてきた成果も、結局は上層部のチェスの駒に利用されるだけ。いい加減モチベーションも下がるというものだが、今回の召還は、自分を海外に飛ばした役員の失脚によるものだ。そう、今度はお返しをする番だ。

それまで一緒に暮らしていた男とは帰国が決まったと同時に別れた。恋愛に関しては仕事ほどドライになれない。体は離れられても、気持ちはそう簡単には離れる事はできなかった。別居中の妻と息子はアメリカに残った。家に帰って一人で過ごすのは耐えられない性質なのに、これからは横浜のマンションで味気ない一人暮らしが待っているのだ。

新しい職場のメンバーと初めて顔を合わせた朝礼時、グレーの作業着姿が勢ぞろいした中に「掃き溜めに鶴」のような若者を発見した。長身で頭の小さいプロポーションとその肌の白さは一瞬、欧州人と見紛うほどだった。長い睫毛に縁取られた切れ長の目、かすかに微笑みをたたえた形のよい口元、肌の色によく合う明るい色の癖のない髪……。思わず神に感謝した。この若者に出会う為に自分は日本に帰ってきたのだと。それが23歳の裕貴との出会いだった。

残念なことに、裕貴は当時、他のプロジェクトの要員になっており、直属の部下にする事はできなかった。出会ってから1ヶ月以上経ってもろくに会話をした事すらなかったが、そのうち、向こうも私に気があるらしい事がわかってきた。平均身長が低めの構内において、長身で極めて色白の裕貴はどこにいてもよく目立ち、私の事を目で追っているのも丸分かりだった。目が会うと急いで目を逸らして、耳が真っピンクに変わる。だが逆に、私が裕貴を見ていてもそれには全く気付く様子がない。目が悪いのだろうか? たまに度の強そうな眼鏡をかけている事があるので、それがない時はコンタクトレンズを着用して見えているはずなのだが。
 
5月に入り、部をあげての歓迎会があった。その夜こそ裕貴をモノにしようと思い、適当なホテルをチェックし、お気に入りのローションも用意してきた。初めて見るスーツ姿の裕貴は、ファッション誌から抜け出てきた様で、他のメンバーと並ぶと場違いなくらいに美しかった。こんな男がなぜ作業着で週の大半を過ごしているのだろう。離れた席で女の子に囲まれながらも私の様子を伺っている。ワインを結構飲んでいて、目の廻りがほんのりピンク色に染まっている。色っぽ過ぎる……。

そのうちふらふらとトイレに立ったので、迷わず後を追った。ずっと私の方を見ていたし、もしかしたら向こうから誘ってくるかもしれない。期待に胸弾ませてトイレに入ると、上着を脱き、腰を曲げて水で顔を洗っていた。突き出した尻に触りたい気持ちを押さえて、声をかけた。
「どうした? 気分でも悪いの?」
「あ、いえ、ちょっと酔っ払って熱くなっちゃったんで冷ましてたんです」
「ああ、そういや耳が真っ赤だね」
軽く耳を引っ張った手で、柔らかい頬と髪に触れた。どぎまぎしているのが、こちらにまで伝わってくる。そしてその目は、子犬のように信じきった潤んだ眼差しだった。

背後から鏡越しに話しかけながら、体格をチェックする。身長は私より少し低めで178cm位、体重は60kg代だろう。自分の好みからすると背が高過ぎるのだが、その分持ち物も大きいかもしれないし、上背に差がないとシックスナインがやり易いから良いかもしれない。細身のわりには尻の肉付きは良く、ケツワレが似合いそうだ。しかし、見た目の色っぽさとは裏腹に、当人は、私に返す言葉を探すのに必死になっているようで、とてもホテルに誘えるような雰囲気ではなかった。諦めて用を足しに奥へ向かうと、シンク回りをペーパータオルで丁寧に拭き、上着を取り一礼して出て行ってしまった。一緒について来たら、自慢のお宝を披露して気に入って貰えたかもしれないのに。

良からぬ目論見は不発に終るかと思っていた帰り道、ドラッグストアに立ち寄り買い物をしていると、突然裕貴が声をかけてきた。今度こそ誘ってくるかもしれないと思い、誘うような言葉や目線を送ってみたものの、相変わらず子犬のような、潤んだ眼差しと屈託のない笑顔が返ってくる。この眼差しは「抱いてくれ」ではなさそうだ。では何なのだろうか? 今まで誘った男にこういう反応が返ってきた事がないので、意味がわからない。もしかしてノンケなのか? いや、まわりの女子社員よりも女性っぽいあの物腰は、どう見ても「受け」だ。私の誘いをわざと気付かぬ振りをしているのか、それとも今でいうところの天然なのだろうか? 別れ際に、これでもかというほどの熱い眼差しで見つめてやったが、返ってきたのは同じく子犬の眼差しだった。

その夜は結局、モノにするどころか、耳を触っただけで終ってしまった。狙った男を1ヶ月以上も手出しできずにいるなどという事態に陥ったことは、それまでの人生で1度もなかった。仕事疲れで威力が落ちてしまったのかと自信を失いそうになった。会社の部下だという事で慎重になり過ぎたのもあるだろうが、実は相手は見た目は天然っぽくても、かなりの曲者なのかもしれない。プライドが高くて自分からは誘わないのか、それとも強引に襲われるのが好きなのか。ここは方針転換して、いつも通り強引に行かなければ埒があかないだろう。今夜は家で飲みなおさなければやっていられない。使われる事がなかったローションの瓶が鞄の底でカタカタ鳴った、春の宵の帰り道だった。

                                            ****************************

それから1週間ほどたったある日、在欧企業との電話会議が夜中までかかった。鞄を取りに部屋に戻ると、まだ明かりがついていた。部員達が夜遅くまで残業しているのは知っていたが、その夜そこにいたのは裕貴一人だった。

「あっ、嵯峨さん。お、お疲れ様です……」
少し疲れた様子だったが、いつもの屈託のない笑顔だった。
「やあ周防美さん、独りで徹夜なの? お疲れ様だねえ」
「いえ、もうすぐ帰るとこなんですけど。嵯峨さんこそ、今日は遅いんですね。あ、コーヒー入れましょうか?」

このチャンスは逃さない。今夜こそこの美しい若者をモノにする。コーヒーを入れている裕貴に気付かれないようにドアの鍵をロックした。

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