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23)金色の髪の少年

世間が忘年会やクリスマスで浮かれている12月は、来年の春モデルの製品の仕上げが追い込みに入る。昔のように徹夜続きというのはなくなったとはいえ、帰って寝るだけの生活が続くと、体の疲れが溜まり心も荒んでくる。こんな時には何も考えずにセックスでもできればいいのだが、相変わらず海外出張が多い嵯峨とはすれ違い続きで、倦怠期のカップルから、セックスレスのカップルへと格下げになってしまっている。

色々な欲求不満を解消するのにはスポーツが手っ取り早そうなので、休みの日だけでもジムに通うことにした。これは以前に嵯峨から指摘された下腹を引き締めるためにも必要だった。郊外の住宅地にあるジムは年齢層が高いのに、好みの男を見かけることはなかった。それでも、入会初日に「お仲間」だと見抜かれてしまった男を通じて同年代のゲイ友ができ、まわりの人間にはとても言えないような愚痴や悩みを話し合える仲間ができたことは、予想外の収穫だった。

月も後半になり、数ある忘年会の最後の日を迎えた。全部員が参加する大宴会は既に終え、その日は同じ課の数人と有志とのこぢんまりとした飲み会だった。いつも自分の隣を指定席としているお局の坪井は早々と休暇を取って海外に飛び、代わりに春原が隣に座った。新人の頃から面倒を見てきた春原も今では一人前の技師となり、榎田の会社へはこの男が一人で出向いている。
「この前、榎田さんが、新規格対応の件で周防美さんと一度お話したいって言ってましたよ」
「本当? 直接言ってくれたらいつでも大阪に行くのに。榎田さんとは長い間話してないなぁ」
「え? 榎田さんがこの前こっちに来られた時に会ってないんですか?」
「会ったけど、阪神ファンのオフ会があるとか言って、さっさと帰っちゃったんだよ。ろくに話もしてないのに……」

嫌なことを思い出させてくれたものだ。榎田から「御社に伺います」というメールを貰ってから、さまざまなご接待プランを練って楽しみにしていたのに、突然決まったというオフ会とやらのおかげで、昼食を一緒にしただけで帰られてしまったのだ。面白くないことは重なるもので、その週末、海外から帰ってきた嵯峨にも「サッカーの試合があるから」と、荷物を置くなりさっさと出かけられてしまった。昔なら、海外から帰ってきた日は朝まで5回戦交えるのが習慣だった。二人とも東京にいる時は、可能な限りベッドを共にしてきた。それが今では、1ヶ月以上のご無沙汰が当たり前になってしまっている。絶倫を豪語する嵯峨であればそれで我慢できるわけがないので、年相応に精力が減退して連戦がキツくなっているのだろうか? それとも、サッカーは口実で、自分に飽きたから他の男と5回戦交えているのだろうか……。

「……って、周防美さん、全然聞いてくれてないですね!」
鬱々として妄想に浸っていると、拗ねた口調の春原の声で現実に戻らされた。
「ごめん、ちょっと妄想してて。なに?」
「何の妄想なんですか。みんなで周防美さんの髪の色の事で議論してたんですよ。周防美さんの髪は染めてるのか、地毛なのかって」
くだらない議論だ。
「髪の毛? あー、僕は染めてないよ、これは地毛」
「え〜ほんとに? 明るくていい色ですよね」
「実は、僕は子供の頃は金髪だったんだよ。だから、これでも黒くなった方なんだ」
「へええ、じゃあ、周防美さんハーフ説は本当だったんだ」
「よく言われるけど違います」
「じゃあ、クォーターだとか?」
実際、自分の母親はハーフと見間違われる顔立ちなのだが、部下にそんな個人情報を公開する必要はない。それよりも、他人の外見や心の動きに目敏く、洞察力にも優れているこの男は、嵯峨が言う通りゲイなのかもしれない。うっかり誘導尋問にひっかからないように用心しなければこの身が危ない。

忘年会の次はクリスマスが待っていた。
今年は、嵯峨の知り合いが経営するゲイバーの改装祝い兼クリスマス・パーティで、その日海外から帰ってくる嵯峨と店で落ち合う事になっていた。新宿二丁目の古びた雑居ビルの一角にあるバーで、ママ本人は細やかな気配りのできるよく出来た人だが、ここの常連客はどうも苦手だ。殆どが嵯峨と同年代のゲイで、今の時代からは想像しがたい苦難の青春時代を過ごしてきたであろう事を考慮しても、その無神経さと意地の悪さにはいつも閉口させられる。

あまり広いとは言えない店内は常連客達でほぼ満席状態だった。店に入ってすぐ、一人の男の顔が目に付いた。嵯峨と同じ位の年齢と体格をしているが、顔は嵯峨と違って細面の女顔だった。完全に見覚えのある顔なのだが、どこの誰だかは思い出せなかった。2丁目に通うようになって久しいのだから、そんな事もあるだろうと特に気にも留めなかった。

「こんばんは。あの、嵯峨さんからプレゼント預かって来ました」
「まああ、裕貴君、お久しぶり〜。相変わらず美人ねえ」
ママの歓迎の言葉の後は、小姑オカマ達の歓迎の嵐が続く。
「裕貴? ひょっとして、この娘が嵯峨ちゃんの姫?」
「あらまぁ、ほんと、嵯峨ちゃん好みの色白の別嬪さんだこと」
「でもちょっとデカくない? 嵯峨ちゃんは小柄な子が好きなのに」
「あら、でも華奢っぽくて嵯峨ちゃん好みだわよ。あんたいくつなの?」
「今年35になります」
「まっ、結構年くってるのね」
「それはないんじゃない、嵯峨ちゃんだってもう50のオッサンなんだから」
「嵯峨ちゃんは男だからいいのよ。私達オンナは年齢と商品価値が反比例するんだからね」
「ふーん、この娘が10何年も嵯峨ちゃんのチンコ咥えて離さないってわけ?」
「ええ、手離す気はさらさらないですよ」
たまには反撃する。
「あーら、言ってくれるじゃない」
「それくらい言えなきゃ、嵯峨ちゃんの姫やっていけないわよね。はい、カンパリソーダ」
「カンパリソーダ?! やーねえ、それってメスの飲み物じゃん」

オネエ言葉の暴力で針のむしろだ。煙草でも吸えたなら煙を吹っかけてやれるのに、と思いながら、嵯峨が来るまで目の前にあるポッキーでもかじって耐えるしかない。
「気を悪くしないでね。みんな嵯峨ちゃんが好きなのよ」
ポッキーを補充しながら、ママが申し訳なさそうにささやいた。
「わかってますよ。いつものことですから」
ママのフォローもおかまいなしに、小姑達の厭味は続く。
「嵯峨ちゃんは、見た目と違って中味は一途な乙女なのよ。なのにいつも男を甘やかし過ぎて浮気されて……」
「仕方ないわよ、顔専なんだから。綺麗な子はみんな浮気者だもの」
「あんたはどうなの、別嬪さん? あの人愛情深いけど、一度冷めたらアッサリ棄てられるわよ」
「誰がアッサリ棄てるって?」

いつのまにか店に入ってきていた嵯峨が、ピンクの薔薇の花束をママに差し出しながら言った。
「きゃーっ、嵯峨ちゃん、お久しぶり〜! ほんとにもう、何年ぶりかしらっ!」
それまで自分に悪態をついていた小姑達が、声を1オクターブ以上上げて叫んだ。
「嵯峨ちゃん、マティーニにする? それともシャンパンかしら?」
花束を店子に預けてママが嵯峨に訊いた。
「いや、今日は車で来たから飲めないんだよ。大丈夫か、裕貴? オバサン達にいじめられてなかったか?」
そう言うと嵯峨は隣の席に座り、肩を抱いて軽くキスをした。
「何よ、この娘だってオバサンじゃない!」

その後は、嵯峨と小姑達が思い出話に花を咲かせている間、カウンター席でゲイ友に携帯メールで実況中継したり、ママの話を聞きつつ片っ端からカクテルを飲んだりして、いつものように記憶が薄れて行った。
気が付くと、いつのまにか、入り口で目に付いた男が、自分の隣に座ってママに人生相談をしていた。自分が目を覚ましたのに気付くとその男が言った。
「おはよう、裕貴くん。よく眠ってたわね。ユウキって可愛い子が多いのかしら。ずっと 昔、近所に住んでた男の子もユウキって名前だったっけ。ハーフで金髪の可愛い子だったなぁ……」

その言葉で、人生の走馬灯が超高速で逆回転し、28年前で止まった。小学校に入学した年のあの春と夏、公園と仔猫と優しいおじさんと、おじさんの恋人だったケンちゃん……。
店に入った時の不思議な感覚はこれだった。この顔は、あのケンちゃんだ。
「ケンちゃん?」
一気に酔いが覚めたものの、その過去の事実を黙っていた方がいいのかどうかも判断できず、懐かしい名前を口走っていた。
「えっ? 私は顕子ママよ。あんた、何でそんな昔の私の名前知ってんのよ?」
顕子ママは驚きと不快の表情を隠せずに、鼻から煙を噴き出しながら言った。
「だから、その金髪の子は僕ですよ。上野の近くだったでしょう?」
「えっ? ……じゃあ、あんたユウ君? ユウ君が嵯峨ちゃんの姫だったっての?」

顕子ママは、煙草をくわえたまましばし固まっていた。50才になって容貌は衰えていても、濃い睫毛に縁取られた潤んだ瞳は昔のままだった。
「髪が黒くなってるからわからなかったわ。あんなにちっちゃかったのに、大きくなって……。私も年取ったわけだわね」
「ケンちゃん、おじさんの事覚えてます?」
「おじさんって? ……ああ、大杉さんの事ね、そういえば、あんたあの人によく懐いてたわねぇ」
「ケンちゃんが先にいなくなっちゃって、その後どうなったんですか?」
「そんな何十年も昔の男のこと覚えてないわよぉ。えーと、あの人はねえ、結局奥さんの所に戻って行ったわ。坊やがパパと離れたくないって。所詮、子供には勝てないってことね」
意外性のない結末だったが、次々と男を変えて不幸な人生を送ったなどという訳ではなかったので安心した。今ごろは、自分の孫を膝の上に乗せてテレビで野球を観ている日々なのかもしれない。

長年の間、頭の片隅にこびりついていた疑問が晴れてしんみりしていたところ、店のママが顕子ママに言った。
「あんたと嵯峨ちゃん、学生時代は一緒にサッカーやってたんでしょ? イイ男二人組んで、さぞかしブイブイいわしてたんでしょうねえ」
おじさんの話に夢中になっていたので、あの時代からケンちゃんを通して嵯峨と繋がっていたのだという、運命的ともいえる出会いに気付く余裕がなかった。
「そうねえ、でもあの頃は二人ともノンケのふりしてたから、寄ってくる女どもを振り払うのに大変だったのよ」
あの頃すでにクネクネしていたケンちゃんが、ノンケのふりに成功していたとは思えないが、その顔立ちは面食いの女性受けしそうな繊細な感じの美形だ。嵯峨はケンちゃんに興味を示すことはなかったのだろうか?
「ケンちゃん…じゃなくて、顕子ママは、崇と付き合ったことはないんですか?」
「やだ、そんな事ある訳ないじゃない、二人ともバリタチなんだから」

ケンちゃんがバリタチ……? ということはおじさんはバリ受け?!
これがこの夜のKOパンチだった。ゲイを自覚したその日からずっと、おじさんに優しく抱かれるという夢を見続けていた。
「年上好きのバリウケ」という自分のプロフィール形成の基になったそのおじさんが、実は自分と同じウケだったなんて……。
ショックのあまり脱力してカウンターに突っ伏していると、背後から嵯峨の声が聞こえた。
「裕貴、そろそろ帰らないか? サンタさんが来るまでにベッドに入っていないとプレゼント貰えないぞ」
「あら、姫は嵯峨ちゃんサンタさんから、ベッドの中でプレゼント貰えるんじゃないのぉ?」
「きゃー、あたしにもそんなプレゼントちょうだいよ、嵯峨ちゃん!」

眠ったふりをする自分の肩を担いで帰ろうとする嵯峨に、顕子ママが笑いながら言った。
「うふふ、信じられる? 嵯峨ちゃんが出会うよりもずーっと前に、私がこの子抱っこしてたなんて」
「ケンが? いつの話?」
「その名前で呼ばないでよ。詳細は姫が眠りからお目覚めになってからどうぞ」

嵯峨が運転する車で、例年通り大きなクリスマスツリーを飾っている嵯峨の家に帰った。一緒に風呂には入ったものの、その後ケーキやシャンパンで悪ふざけをすることもなかった。仕事の疲れもあるし、セックスレスには慣れてしまっているのでこのまま眠ってしまおうと思った。が、ふと常連客から言われた『一度冷めたらアッサリ棄てられるわよ』の言葉が頭をよぎり、このままではいけないという天の声が聞こえた。

「ねえ崇、サンタさんがくる前にベッドに入ったから、僕プレゼント貰えるんだよね?」
「貰えるさ。で、何をお願いしたんだい?」
「太くて固くて立派なやつ」
「それをいくつ欲しいのかな?」
「5つ」
「欲張りさんだねえ。サンタさん、そんなに体力持つかなぁ」
「明日仕事だから、早くちょうだいってサンタさんに言っといて!」
そう言って部屋の灯りを消し、ベッドに潜り込んだ。窓辺のクリスマスツリーの電飾が暗い部屋の壁や天井にカラフルに浮かび上がった。嵯峨は引出しを開けて何やらごそごそと探していたが、やがて、ローションを片手にベッドに滑り込んできた。

サンタにお願いした通り、一晩かかって嵯峨からプレゼントを5つ貰った。その間中、昨夜の小姑達に届けといわんばかりの声で嵯峨の名を連呼したり、ゲイ友に秘技を披露して大絶賛のフェラでご奉仕したりして、自分も嵯峨を喜ばせた。嵯峨はまだ自分に対して冷めているわけではないようだ。そう、この男を咥え込んで10数年、今更手離す気などさらさらない。おじさんとケンちゃんの恋の顛末や、恋人探しに苦労しているゲイ友の話を聞いて、自分は恵まれている方なのだと実感した。来年の抱負は「崇に対して女王様だった態度を改める」にしよう。長旅の後に5回戦を終え、疲れ果てて眠っている嵯峨の寝顔を見つめながらそう誓った。

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