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12) アバンチュール

年明け早々、嵯峨の家から会社をはさんで反対方向に引越しをした。前回は嵯峨と暮らす事が前提だったが、今回は自分の都合だけを考えて全てを決めた。殆どの事は計画通りに進んだが、嵯峨が買ったロングサイズのクイーンベッドは大き過ぎて引き取り先がなく、引き続き持ってくるハメになった。自分から切り出した「別居生活」は、当初は意外にも快適だった。深夜まで残業しても帰宅後すぐに寝られるので、睡眠時間が増えて疲れが溜まらなくなった。一人の時間が増えて英語の勉強もはかどった。会えばセックスするのが当然だったのが嘘のように、付き合う前の禁欲的な生活に戻っていた。嵯峨が「なくてはならない存在」だなんて、勝手に思い込んでいただけではないかとさえ思った。

この頃、先輩格が相次いで転職して更に仕事が増え、自動的に出張の機会も多くなった。その週は前半を大阪の客先で仕事をし、海外出張中の上司の代理で他社との会議に出席して締めくくるというスケジュールだった。機械の不調で客先での仕事は捗らず、目的の達成には程遠い結果のまま終ってしまった。予定していた結果が得られなかったのは大きなストレスとなった。  

ホテルにつくなり、ベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。疲れた……。このまま寝てしまいたかったが、神経が昂ぶっているのか眠ることができない。仕方なくテレビをつけると、好みのタイプのロマンスグレーの俳優が主役らしい洋画をやっていた。手持ち無沙汰だったので、この俳優の顔を見ながら抜くことにした。初めて見る外人をオカズにしたためか、いつもより到達するのに時間がかかった。抜き終わっても全然物足りなかった。体の前が終わっても、後ろが疼いたままだったのだ。嵯峨が欲しい。嵯峨と会わなくなってから初めてそう感じた。今すぐ、あの太い逸物を後ろに突っ込んで、全身を貫く勢いで掻き回して欲しい。こんな事になるなら、嵯峨のディルド・コレクションを全部送り返したりせずに1本くらい取っておけばよかった。だが、あんなものをカバンに忍ばせて出張して、事故にあったりしたら大変だ。

悶々とした夜が明け、翌日は大手ホテルで開催される会議に出席した。午前中から始まり、昼食をはさんで夕方過ぎまでかかった。出席者の大多数は同業他社の中年の管理職で、好みのタイプの男も何人かいた。本来の好みは嵯峨みたいに派手な男でなく、地味で素朴なタイプなのだ。会議が終了し、出席者は個々に別れて「夜の会議」へと散らばっていった。彼らから見れば「若輩者」の自分は場違いな感じもしていたので、さっさとホテルに帰って報告書でも作成しようと思った。エレベータを降りてホテルを出ようとした時、会社名で誰かに呼ばれた。振り向くと、30代前半の長身の男が立っていた。

「私、A社の阿部と申します。「すおうみさん」ってお呼びするのかな、名札付けたままですよ?」
「あ…すいません。「すおみ」と申します。またやっちゃったなあ。返しに行かなくちゃ…」
「今混んでるから上に上がるの時間かかりますよ。それ預かっておきましょう。私、明日ホストのB社さんに行くから、返しておきますよ。」
「すみません、ではお言葉に甘えさせて頂いて…」
胸から外した名札を手渡すと、男が言った。
「周防美さん、お一人ですか? 今日これからご予定あります? もしなかったら、一緒に晩飯でもどうですか?」 
俳優だと言っても誰も疑わないような際立ったルックスのその男は、爽やかな営業スマイルでそう誘いかけた。たまには、会社では出会わないようなタイプの人間と食事するのもいいかもしれない。一人ホテルでコンビニ弁当の夕食をとるよりはマシな筈だ。

男は早歩きの人ごみをスイスイとくぐり抜け、小洒落たダイニング・バーに入っていった。東京にあるこの手の店と何ら変わらなかったが、店員の話す言葉が関西を感じさせた。男は自分と同じく東京から出張に来ており、A社では海外営業を担当していると言った。互いの仕事が未知の分野なので初歩的な質問をしあったり、同業者としての情報交換もできて話がはずんだ。結構話し込んでいい時間になり、会計を済ませて店を出た。エレベータで二人きりになったとたんに、男が耳元で囁いた。

「周防美さん、今夜僕と、どうですか?」
「どうって……。僕、その手の冗談好きじゃないですよ」
「冗談でこんな事言いませんよ。周防美さん、ゲイでしょ? 受けですよね? 僕、去年結婚してから一度も男とヤッてなくってストレス溜まってるんですよ。周防美さんさえ差し支えなければ是非。僕、良い仕事しますから、ね?」
「差し支え」など無い。自分は独身で、妻子持ちの恋人とは冷却期間中だ。あまり年の違わないこの男はタイプではないが、昨夜の辛さを考えると贅沢は言ってられない。それに、この機に確認しておきたい事もあった。
「いいですよ。その代わり、セーフ・セックスでお願いします」
「勿論ですとも。じゃあ、お酒でも買って、僕の部屋に行きましょう」

男は大阪駅前のシティホテルに泊まっていた。自分が泊まっている所よりもグレードの高いホテルで、ベッドは大男二人が格闘しても十分な広さだった。順番にシャワーを浴び、男が持っていたコンドームを装着した。嵯峨とはいつも生なので使用するのは久々だ。嵯峨よりもガタイの良いこの男は、荒い息を吹きかけながら抱きつきキスしてきた。濃厚なキスだったが、いつものような、体中に電気が走るような感覚はなかった。そのままベッドに倒れ込むと、男は自分の上に跨り180度体を回転させた。速攻でバック攻めでガンガン突っ込んで欲しかったのに、相手はシックスナインをする気らしい。  

「阿部さん、それは奥さんにやってもらって下さい。僕、ゴム舐めるの好きじゃないんで」
「じゃあ、ゴム取ります」
「セーフ・セックスって言ったじゃないですか」
「じゃあ周防美さんはしなくていいです、でも、お願いですからしゃぶらせて下さい。僕、もう1年以上もチンコ咥えてなくって限界なんですよ。だって奥さんチンコ持ってないし……」
可哀想なのリクエストに応えてやることにした。数時間前の会議のピリピリした空気とは別世界のバカな会話に笑いを堪えながら、チョコレート味のゴムに包まれた男の逸物を咥えた。竿の長さの割には直径が小さく、カリの大きな嵯峨のモノと比べると迫力に欠けた。一方で男のするご奉仕はキスよりは上手く執拗で、ゴムを使うとシーツが汚れなくて済むなどと思いながら達した。1個目のそれを処分すると、男はすぐに鞄からストロベリー風味の2個目を取り出し手渡した。  

「周防美さん、フェラ上手じゃないですか! 僕のフェラ良かったですか? しかし周防美さんのチンコ、意外と大きいんですね。結婚前に付き合ってた奴もデカマラだったなあ」
「阿部さん、今度は僕のリクエストに応える番ですよ。なるべく早く挿れて下さいね」
そう言って四つん這いになり、男の前にお尻を高く突き出した。
「もう、たまんない……周防美さん、顔に似合わず大胆なんだから。でもお尻、綺麗過ぎですよ。女でもこんな綺麗なの見た事ない。今出したところだけど、すぐに、イケルかも……」
男は尻をベロベロ舐めまわした後、出張に持ってきたらしいオイルを両手で暖めてから肛門に塗りたくり、指を何本か出し入れし始めた。久々に味わう淫らな感触に期待が高まった。そしてやっと男が入ってきた。………違う? 口で咥えた時には予期できなかったこの物足りなさは何なのか? こんなモノでは、いつも嵯峨が突いて突いて掻き回す一番良いポイントには到達しない。それとも、自分のサイズに問題があるのだろうか。嵯峨の巨根を咥え続けているうちに緩くなってしまったのだろうか……

物足りないと思いつつもこの男と3発交えてしまったので、予想外に遅くなってしまった。急いで身支度を整える自分をうっとりと見つめながら男が言った。
「いやあ、激しかった。騎乗位なんて久々ですよ。今まで寝た男の中で周防美さん、最高かもしれない」
「お世辞でも嬉しいですよ」
「お世辞じゃありませんよ。女より肌綺麗だし、肛門括約筋も鍛えてらっしゃるみたいだし、締め付けられたらすぐにイキそうでしたよ。貴方の彼氏が羨ましいなあ」
自分が緩い訳ではなかったようだ。確認したかった項目が、FAILではなくOKだったのはよい収穫だった。

今後ともどうぞ宜しくお願いします、と一応名刺の交換をして、目的を果たしあったこの男と別れた。出張先で行きずりの男と3発もやってしまうなんて、自分もイッパシのゲイなのだなあと、しみじみ思った。そして、結婚しても男の体が忘れられずにこうして男と浮気する男がいるのかと思うと、嵯峨の顏が目に浮かんだ。慈しむような眼差しで、自分が何を言って、何をしても、無条件で受け入れてくれた…… その途端、誰でもいいから突っ込まれれば満足できると思っていたアバンチュールの後悔が津波のように押し寄せてきた。さっき感じた物足りなさは、肛門に挿入されたモノの容量だけではなかったのだ。何の落ち度もない嵯峨との関係を一方的に断ち切ろうとしたのが思い上がりだったのを、この時初めて痛感させられた。結局その夜も悶々として夜を明かし、翌朝始発の新幹線の車中でウトウトしながら帰京することとなった。

翌日、英会話の講座が終ってふと携帯をみると、嵯峨から着信と伝言が入っていた。一瞬動揺したが、一息おいて伝言を聞くと、入っていたのは嵯峨の妻の声だった。至急に話したいことがあるので会って欲しい、という内容のものだった。こちらは話す事などないので無視したかったが、それも大人気無いので電話をかけなおした。話はすぐ終るというので、自分がいる新宿で会うことにした。先方が指定してきた場所は、奇しくも嵯峨と二度目に結ばれたホテルにあるラウンジだった。先にラウンジに着き、今にも雪が降り出しそうな曇天に抱かれた街を見下ろしながらお茶を飲んでいると、嵯峨の妻が一人で現れた。自分の姿を見つけると、笑って軽く手を振った。

「お忙しいところ、急に呼び出しちゃってごめんなさいね」
「いいえ、ちょうど用事が終ったところでしたから」
嵯峨の妻は紅茶を注文すると、自分の顔を見て言った。
「周防美さん、この前会った時より痩せたかしら?」
「ええ、最近仕事が忙し過ぎて、食欲がないもんで」
その後何と続ければ良いのかわからなかったので、嵯峨の事を聞いた。
「崇は……元気ですか?」
「全然元気ないわよ、あの人も痩せちゃって。ねえ、周防美さん、崇の元に帰ってやって頂けないかしら?」
静かに飲んでいた紅茶を噴き出しそうになった。

「貴方、私達が一緒に暮らすと思ったから身を引こうとしたんじゃない? 私と息子は、鎌倉の私の実家に住んでるの。だから、崇は今もあのマンションで一人暮らしよ。今日はあそこに立ち寄ったついでに、あの人に内緒で携帯借りて貴方に連絡したってわけ」
「でも、お子さんは、パパと暮らしたいって思ってるんじゃないんですか?」
「あれは、一緒に帰ってきた私のボーイフレンドに対する嫌がらせなのよ。あの子、私のボーイフレンドには全然なつかないの。崇のボーイフレンドとはすぐ仲良くなるくせに」
「あはは、そうなんですか……。でも……崇に出て行けと言ったのは僕の方だし、戻って来てだなんて、今更言えないですよ」
「そうかしら? 私としては、貴方とても良い人だから、崇と一緒にいてやってくれたら嬉しいんだけど。まあ貴方もまだお若い事だし、崇一人に拘る必要はないとも思うんだけど……」
「あのう、僕が奥さんからそんな事言われるのって、何か変じゃないですか?」
「あはは、だって、私達は変な夫婦だもの」

嵯峨の妻からヨリを戻せと言われても、当の本人がそう願っているとは限らない。淋しがり屋の嵯峨の事だから、既に新しい恋人がいるかもしれない。そう思うと、携帯で連絡を取る気にもなれず、仕事と英語、ディルドの通販購入を考える毎日が続いた。そんなある日、偶然に構内で嵯峨に遭遇した。当時、嵯峨のオフィスは別の地区にあったので滅多にない事だった。数名の外国客を案内している様子で、目を合わさずに通り過ぎるかと思ったが、嵯峨は真っ直ぐこちらを見据えていた。この視線から逃れることはできず、自分も嵯峨を見た。約2ヶ月振りに見つめあった。お互いが離れていることがもう限界であることを伝え合うには、この一瞬で十分だった。

その夜は、全員が帰ってしまってからも一人実験室に残った。嵯峨は絶対に来ると確信していたから……。

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