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14) 仁義なき戦い

「周防美さんみたいな人が誰もいないはずないじゃない。私の勘では、そうねえ、甘えさせてくれる年上のヒトがいそうな感じ?」
お局様の言う事はいつも鋭い。離れた席で嵯峨がニヤニヤしながら箸を進めている。その夜は、年明け後に異動してきた者の合同歓迎会で、宴会で嵯峨と一緒になるのは久々だった。30歳を過ぎても「浮いた噂一つない」自分が宴会で話題の標的にされることが多くなったのは、やっかいなことだった。

「周防美さんって一見天然っぽいけど、全然自分の話しないから全く謎の男なのよ」
「じゃあ、甘えさせてくれそうな年上の坪井さんに限り、ご質問にお答えしますよ」
「じゃあ、ご趣味は何? 仕事、ってのはナシよ」
「うーん、今仕事以外に何にもしてませんからねえ。昔はバイクでツーリングしてましたよ。温泉入りに行ったり…」
「周防美さんが温泉? 全然似合わないわぁ」
「そうですかぁ? 会社入ってからもよく一人で行きましたよ。最近は行ってないけど」
温泉と言えば、一度、嵯峨と海の見える露天風呂付きの旅館に泊まり、とても人には言えないような一夜を過ごした事を思い出してしまった。嵯峨も今それを思い出しているだろう。
 
「でも周防美さんが一人で温泉に漬かってたら、ちょっと色っぽいわよねえ。嵯峨さん、私と周防美さんが露天風呂にいたら、どっちに入りたいです?」
「当然、周防美さんの方だな。坪井さんと私だと、オヤジのツーショットになっちゃうし。」
「あっ、嵯峨さん、それセクハラ! 周防美さん、どうする? 嵯峨さんに狙われてるわよ。」
「やめて下さいよ嵯峨さん、僕、お婿に行けなくなっちゃうじゃないですか」
本当の事なのに、皆が笑って聞いていた。

宴会が終り、管理職の二次会に行く嵯峨と別れ、嵯峨の秘書の藤川と、その夜の主賓の一人で同期の佐倉と一緒に帰った。藤川は嵯峨の事が好きらしく、色白の頬をピンクに染めながら嵯峨の事を褒めちぎっていた。途中で藤川と別れて、佐倉と二人になった。佐倉は女子では少ない理系院卒で、1年の海外研修を終えて同じ部署に異動してきたのだった。170cmを超える長身で整った顔立ちの佐倉はそれだけでも目立つ存在で、頭が良く自信家である所は誰かと良く似ていた。こちらは興味の対象ではなかったので特に印象になかったが、向こうは自分に対して全く違う感情を抱いていたらしく、自分に好意を持っていると、この時ストレートに言われた。

「周防美さん、嵯峨さんに気に入られてるみたいね。気をつけた方がいいわよ」
「え? 気をつけるって何を?」
「だって、嵯峨さん…ゲイでしょ? あのファッションセンスといい、身なりの構い方といい、一目で分かるわよ」
「……ま、まさかぁ……。だって嵯峨さん、結婚して子供もいるし……」
「そんな人いっぱいいるわよ。浮気相手が男ってだけで、他の既婚男性とは何にも変わらないと思うけど。どうでもいい嵯峨さんの事より、短刀直入に聞くけど、周防美さん、付き合ってる人いるの?」
「またストレートに……。いるけど、それ以上はノーコメント。プライベートな事、会社の人には話さない主義なんだ」
「『会社の人』か。まあ、そうなんだけどね、予防線張られちゃったな、あはは」
残念そうに笑いながら、別れ際に真顔で最後につけ加えた。
「その人とのお付き合いを邪魔したりしないから安心して。でも、私は周防美さんの事諦めた訳じゃないから」
嵯峨さんゲイでしょ……その言葉が、自分の事を諦めないという言葉よりも、ずっと重く心に圧し掛かっていった。

帰宅してシャワーを浴びた後、憂鬱な気分でソファに座ってテレビを観ていると、上機嫌で嵯峨が帰ってきた。
「今日は楽しかったねえ、周防美さん。あの温泉旅館、思い出しちゃったよね? 今度の連休にでもまた行こうか?」
ソファに滑り込むや否や抱きつき、股間に手をのばしてきた。
「会社ごっこもエッチもしませんよ、事業部長。さっさとお風呂入ってきたら?」
「ちょっと位いいじゃないかぁ、今日は目の前にお前がいるのに全然触れなかったんだから」
「それより、僕、帰り佐倉さんと一緒だったんだよ。その時に…」
「好きだって言われたんだろ」
「……何でわかるんだよ?」
「今日、お前の事ばっかり見てたじゃないか。お前の隣に座ろうとしたのに、坪井さんに阻止されてむくれてたのには笑ったな」
「よくそんな細かいところまで見てるねえ」
「お前が周りを見なさ過ぎなんだよ」
嵯峨がゲイだと言われた事を言うのはやめた。言っても、この男には堪えないだろうから。

それからというものの、佐倉のおかげで仕事中も落ち着かない日々が続いた。相手は32歳で結婚を意識しているに違いないだろう。その上、嵯峨がゲイだと知っている。では自分の事は気付かれてないのだろうか? 気付いていたとしても、それでもいいからと押し切るのだろうか、かつて嵯峨の妻が嵯峨にしたように。

その日は朝から喉が痛く、先に風邪を引いた嵯峨からうつされたかな位に思っていたが、昼過ぎから悪寒が止まらなくなった。インフルエンザが蔓延している時期で、ついにきたかと思ったものの、そういう時に限って緊急の仕事が入ってしまう。熱でフラフラしながらも真夜中過ぎにやっと仕事を終えた途端、急激な胃の痛みに襲われて吐いてしまった。心配した同僚達がタクシーを呼ぼうか、などと話していると、佐倉が手を挙げた。
「私が車で送っていってあげるわよ、周防美さんご近所だし。タクシー代もバカにならないでしょ」
送ってもらえるのは嬉しいが、嵯峨にはち合わせたりしたら大変なことになる。確かその夜は来ないはずだったが、佐倉がずっと見ているので、事前にメールで知らせることができなかった。

佐倉に支えられるように自宅にたどり着くと、嵯峨は来ていなかったので一安心だった。
「ほんとに大丈夫? ねえ、今からでも病院に行った方が良くない?」
「ありがとう。でも多分明日になったら熱下がると思うし」
「何遠慮してるのよ、私は周防美さんのためならいつだって……」
玄関で押し問答していると、ガチャ、とドアが開き、嵯峨が顔を覗かせた。
「嵯峨さん?! えっ?! 何で、嵯峨さんがここに?!」
「今晩は。佐倉さんこそ、何でこんな時間にここに?」
目が点になっている佐倉をよそに、嵯峨は落ち着きはらって靴を脱いだ。

「何で来るんだよ……。佐倉さん、あのね…後生だからこの事は見なかった事に……」
「見なかった事にって、周防美さん、何をなの?!」
佐倉を無視し、嵯峨がわざとらしく額に手を当てながら言った。
「何だ、凄い熱じゃないか、裕貴。まったく、お前毎年インフルエンザにかかるんだからなぁ」
その言葉に、佐倉はガックリと肩を落として言った。
「私、馬鹿みたい。全然気付かなかったなんて。元上司の恋人好きになるなんて……」
「バカみたいだって思うんだったら、裕貴を諦めてくれるね。こんなオヤジと付き合ってる男より、素敵な君にはもっと相応しい男が他にいるよ」
「諦めるもんですか! 嵯峨さん、貴方こそ一体何なんですか? 結婚してるくせに、それも部下に手を出すなんて」
「…あのう、お二人さん…近所迷惑だから、もうちょっと小声で……」
「人聞きの悪いこと言わないで欲しいね。裕貴と私は最初から相思相愛なんだよ。それに私のプライバシーについて君に言及されたくないし」
「は! 嵯峨さんのプライバシーなんかどうでもいいですよ。私は周防美さんの心配してるんです。こんなイイ男が貴方みたいな人の毒牙にかかって結婚も出来ずにいるなんて、不条理も甚だしい!」
「『不条理』っていうのは、突然部外者が舞込んできたりする事じゃないのかな?」
「もう...やめてよ、二人とも!」
一瞬二人は黙ったものの、フラフラの状態の病人を差し置いてすぐにバトルを再開した。自分をめぐって低レベルな罵り合いをするライバル達の声がだんだん遠のいていった……

気がつくと病院のベッドの上だった。枕元には嵯峨と佐倉が並んで座っている。もう一度気を失ってしまいたかった。
「周防美さん、鈴木さんから聞いたけど、プリン好きなんだって? これ友達に朝イチで買ってきてもらったのよ」
そう言って、有名店のケーキボックスを差し出した。中にはプリンが3個入っていた。
「お気遣い頂いて申し訳ない。裕貴、お礼を言いなさい。でも佐倉さん、裕貴はそんな高級なのよりも、こういうのが好きなんですよ。ほら裕貴、いつものやつ」
嵯峨が差し出したコンビニ袋にも、プリンが3個入っていた。
「ありがとう。でも…こんなに食べれないよ……」
「嵯峨さんのは賞味期限が1週間もあるじゃないですか。周防美さん、これは本日中だからね。よかったら嵯峨さんもどうぞ。甘いものお嫌いそうですけど」
すると、いつのまにか部屋に入っていたベテラン看護士が呆れたように口を挟んだ。
「あらあら、ダメですよ。インフルエンザに急性胃炎の併発なんですから、今日1日は点滴だけです」
バトルはおさまり、佐倉のプリンはナースセンターへの差し入れとなった。

会社から電話で呼び出された嵯峨が先に帰ると、佐倉が言った。
「昨夜の続きだけどね、当然『見なかったことに』するわよ。公表しろって言われたって出来るわけないわ」
「ありがとう……本当に、そうしてくれると助かるよ」
「全ては周防美さんのためよ。嵯峨さんのためなんかじゃないから。だから、周防美さん、私とのこと考えてくれないかな?」
「佐倉さん…僕、一度も女の人を好きになった事ない真性のゲイなんだ。崇…嵯峨さんが昨夜言ったように、君に相応しい男なんかじゃないんだよ」
「それも全部含めて、周防美さんの事が好きだって言ったら?」
「そう思ってくれるとしたら、本当に嬉しいよ。でも、それと同じだけの気持ちを佐倉さんに返すことは出来ない。僕もう嵯峨さんと7年も付き合ってて、恋人以上の関係なんだ。身も心も嵯峨さんに縛り付けられてる、自分の意志で。それでも、佐倉さんは幸せだって言える?」

昨夜、嵯峨と出くわしてからずっと厳しかった佐倉の表情が急に穏やかになった。
「あ〜あ、また負けちゃった。何でホモばっかり好きになるのかなあ、私。それで、いつも男に取られちゃって。つくづく学習しない奴なんだよね」
「初めにそれ話してくれてたら、僕は止めといた方がいいよって言ったかも」
「今度誰か好きになった時はそうするわ。ねえ、周防美さん、私きっぱりと貴方のこと諦めるから、一つだけお願い聞いてくれない?」
「僕に出来ることなら」
「貴方のことを『裕貴』って呼んでいい? 仕事中には絶対やらないから。嵯峨さん、私の前でわざとらしく『裕貴、裕貴』って連呼してたでしょ。負けを認める代わりに、最後に最大の嫌がらせをお見舞いしてやりたいの」
そんな事で、この仁義なき戦いにピリオドが打たれるならばお安いご用だった。佐倉の言う通り、嵯峨は絶対に嫌がるだろうが。

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