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11)パパと呼ばないで

この5年の間に嵯峨の妻は何度も帰国していたらしいが、あのマンションではちあわせになった 事はなかった。

いつもと違う今回は当然夫婦間で何らかの話し合いがあったのだろうが、嵯峨は何も言おうとしなかったのであえてそれには触れなかった。

それから1ヶ月の間、嵯峨の海外出張がなかったので殆ど毎日一緒に過ごすことができた。白いクリスマス・ツリーの前で抱き合いながら、今の嵯峨と夫婦なのは、身も心も繋がっている自分の方なのだと心に言い聞かせていた。

ある休日の朝、嵯峨が久々に車で出かけようと言い出したが、その日は会社で半ば強制的に受験させられるTOEICの講習があった。
「私がいるのに、何でわざわざ英語習いに行くんだよ?」
「崇が教えてくれるのは、ファックとかコックとかそんなのばっかじゃない。僕はビジネス英語を習ってるんだよ」
「何言ってんだ、一番大事な単語じゃないか。そんな所で習ったって英語話せるようにはならないぞ」
「話せるかどうかより点数が大事なんだよ。午前中だけだから、昼までには帰ってくるよ。出かけるのはそれからでもいいよね?」

バイクの調子が悪かったので、この日は電車で行った。真面目に講習を受け、クラスメートとのお茶も断って速攻で帰った。駅につくと、近くのファミリーレストランに嵯峨の車が止まっていた。迎えを頼んでいないのにと不思議に思うと、レストランの窓越しに嵯峨の姿が見えた。一瞬息が止まりそうになった。その向かいには先日遭遇した嵯峨の妻と、10歳前後の男の子が座っていた。男の子は少しはにかんだ様子だったが、それでも嬉しそうに嵯峨に話しかけていた。遠目に見ても、その笑顔は父親そっくりだった。妻には勝てたとしても、子供が相手では勝ち目はない。こんな世間の常識が心に重いくさびを打ちつけた。

歩いていても苦しいまでに心拍数が上がっていたが、頭の中では、冷静に今後の対策を練っていた。この前みたいにバイクで走りまわるような子供じみた事をしている場合ではない。今日は予定がなかったはずなので多分、自分が出かけた後で妻から呼び出されたのだろう。今日見た事は、嵯峨の方から言わない限りこちらからは切り出さないが、嵯峨から何を言われても動揺しないよう心の準備をしておかなくてはならない。何を言われても……

嵯峨は1時間ほどして帰ってきた。久々に息子に会えて嬉しかったに違いないのに、なぜか嵯峨を包む空気は淀んでいた。
「お帰り。いつ帰ってくるかわからないから、お昼先に食べちゃったよ。」
「ああ、私も済ませてきたから」
「食べてきたの? どこで?」
「クレアに駅前まで呼び出されたんだよ。用事があって……この前の事、すまないって言ってたよ」
「何で謝るの? 彼女の家なのに……それより、出かけない? 今日はすごくいい天気だし」
「今から出かけたら、帰りが遅くならないか?」
「いいじゃん、明日も休みなんだし。環八さえ混まなければ大丈夫だよ」

行き先は二人で行き慣れた軽井沢にした。12月だというのに暖かいその日は、絶好のドライブ日和だった。車で一緒に遠出するのは、この前はいつだったかも覚えていない位久しぶりだった。気持ちは泥沼につかっている状態にあっても、都会の喧騒を離れてまだまだ見頃の紅葉を眺めると、開放されたような気分になった。いつもの道を走り、いつもの景色を眺め、いつものホテルで食事をした。嵯峨が妻に呼び出された「用事」については語らないまま、会社の事や、とりとめのない会話を続けながら。ドライブする時は酒は飲まないが、今日は飲みたい気分だからと、自分だけワインを飲んだ。これが最後のドライブになるかもしれない、そう思うと飲まずにはいられなかった。

帰路は予想以上に混んでいて、ワインを飲みすぎたせいもあり気分が悪くなってしまった。吐くほどではないが、家に着くなりベッドに倒れ込んだ。
「バカだなあ、お前、渋滞になったら車に酔うのわかってるのにあんなに飲んで」
呆れたように言いながら、ミネラルウォーターをコップに注いで持ってきた。
「ほら、飲めよ」
「……飲ませてよ」
「しょうがない子だな、まったく」
そう言いながら嵯峨はコップの水を口に含み、口移しで飲ませようとした。初めから飲む気がなかったので、伝えられた水は口から首筋へ流れていった。
「ちゃんと飲まないから、こぼれちゃったじゃないか」
「じゃあ、舐めて乾かしてよ。」
「何なんだ、今日は珍しく命令調だな、裕貴」
言われる通りに、唇、あご、首筋を丁寧に舐めてきた。
「たまには僕の言うとおりに動いてみてよ」
「倦怠期脱出のための冒険か? いいよ。何でも仰せのままに」
「じゃあ、ちんちんしゃぶって。舐めるんじゃなくて、思いっきり…」
「その可愛い口でそんないやらしい事言ってくれたら、もう爆発しそうだよ。」
今日1日テンションが低めだった男がやっと元気を取り戻した。

慣れた手つきでベルトを外し、ジーンズとショーツを一度に膝まで下し、急に開放され天を仰いでそびえ立つ竿の根元を掴み、激しくしゃぶり始めた。全身の血が一極に集中して頭に血が廻らなくなってしまったかの如く、意識が飛びそうになった。嵯峨は容赦なく、唇で包み込むように、時に軽く歯を当てながら、忙しそうに竿の裏筋を舌先で往来していた。滲んだ先走りと唾液が嵯峨の口の中で混ざり合い、自分のペニスに塗りつけられる音が卑猥に響いていた。自分からしゃぶれと命令しておきながら、度を越えた快感に耐えきれずに嵯峨の頭を離そうと髪を掴む。
「あっ、あぁ、だめぇっっ……崇、もう、いっちゃうからあっ……」
その合図で嵯峨は、いつものように口から竿を抜き出して、自分の顔に向けて発射させた。顏射の後は挿入だ。ジーンズを脱いで大きく脚を広げると嵯峨が内股から袋、肛門へと舌を這わせ、指を抜き差しし、内襞の感じるポイントを突きながら、限界まで焦らせてから……。この順番で何百回愛し合っただろう。そして、あと何回愛し合えるのだろう。

体液まみれの体をシャワーで流して部屋に戻ると、嵯峨はベッドに腰掛け、ぼんやりとクリスマス・ツリーを眺めながらタバコを吸っていた。セックスする前の淀んだ空気に戻っていた。
「パパと暮らしたいって?」
「え?」
「パパと暮らしたい、って言われたんじゃないの、息子さんに?」
「……見てたのか、やっぱり」
嵯峨は参ったという風に、タバコを持っていない方の手で顏を覆った。
「クレアの両親はずっと日本に住んでるんだけど、母親の具合が悪いから帰ってきたんだ。それで息子が……櫂って言うんだけど、日本に帰ってきたんなら私と暮らしたいって言い出して……」
「……で、どうするの?」
「まだわからない。そんな事態は予想してなかったから、正直、戸惑ってるんだよ」
「僕に気を遣う必要はないよ。最後に軽井沢に行けたし、絶品のフェラもしてもらったし……」
「最後にってどう言う意味だよ? お前、今日はいつもと違ってたから何かあるとは思ってたけど、そんな事考えてたのか?」
少し怒り口調になった。
「崇が何も言わないからじゃないか! あんな可愛い子、今まで放ったらかしにしてたんだから、今からでもいいお父さん演ってあげなよ」
「私はお前と別れる気はないぞ。一緒に暮らした事はないとは言っても、息子は頻繁に私が男と住んでる家に泊まりにきてたんだ。子供の心はコロコロ変わるから、今回の事だって一時的なもんだよ。そんな事で、お前を失うなんてとんでもない!」

話は平行線をたどり、夜中に大声で痴話喧嘩をする訳にもいかないので、その夜は同じベッドで背を向けて寝た。さすがの嵯峨も、この夜は股間をまさぐりには来なかった。翌日の日曜日は、家事と英語の勉強に費やすことにした。部署が縮小されて自分が海外の顧客も担当する事になったので、早急に英会話をレベルアップする必要があったのだ。お互い話をすることもなく午前中を過ごし、午後になると嵯峨は妻に呼び出されてまた出かけていった。嵯峨が出かけてから昨日考えていた計画を実行に移した。嵯峨の持ち物を全部送り返すのは無理なので、とりあえず部屋にあったスーツや下着、海外出張の度に買ってくるディルドやゼリーの類を一つの箱に押し込み、着払いで嵯峨の自宅に送り返した。

「何なんだよ、これ」
次の日、会社から帰るなり嵯峨が言った。送り返したマンションの鍵を振りかざしながら。
「何って、そういう事だよ。もうあのマンションに行くことはないって、奥さんに言っといて」
「昨夜も言ったけど、私はお前と別れる気はないぞ」
「僕も、今すぐ別れる勇気はないよ。でも、崇の、一家団欒を見せつけられるのは耐えられないから、よそへ引っ越すよ。もう年末だし時間もないから、来年になるけど。だからもう、ここには来ないで」

最初の危機はこうして訪れた。白いクリスマス・ツリーは、クリスマス直前に古巣へ戻っていった。その年のクリスマス・イブは、独り者の社員達と遅くまで残業して、会社でバカ騒ぎをした。家に帰り、5年ぶりにツリーがない窓辺を見ると、急に泣けてきた。嵯峨に酷い仕打ちをしてしまった…… 。でもそのお陰で、あの子は久々に本当のパパとクリスマスを過ごせたんだから、良い事でもあるんだ……。変な自己弁護をしながら、嵯峨のいない、広く冷たいベッドでいつまでも膝を抱えていた。

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