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21)ヴァニラ・アイスとシャンペン

12月に入り忘年会が重なると、残業ができない分、自動的に仕事が山積にたまっていく。それでも榎田からの応援要請があれば最優先で大阪に出向いた。その分のしわ寄せは休日出勤で挽回してもいい。どうせ嵯峨は自分よりもサッカーのために休日を費やす事を優先させるだろうから。今年のクリスマスイヴは嵯峨は海外出張から帰国する機上だ。なので東京には25日に戻ればいい。

イヴの夜、定時を過ぎて残業をする者はいつもより少なく、構内は閑散としていた。
「榎田さん、お先に失礼しますけど…。まぁ周防美さん、こんな日にこんな所で残業ですか? いいなぁ榎田さん、役得じゃないですか」
榎田の部下の女子社員の矢野が帰り際に顔を出した。
「そうなんだよ、日ごろの行いが良いからね。お疲れさま」
矢野が去ると榎田が申し訳なさそうな顔で言った。
「いいのかな、周防美さん、クリスマス・イブに彼女と過ごさなくても?」
以前、春原が余計な事を言ったおかげで、榎田からは勝手に彼女がいると思われてしまっている。
「いいんですよ、どうせ今海外出張中だし」
「海外出張? 彼女海外出張に行ったりするんだ?」
「ええ、毎月。マイレージが凄いことになってますよ」
「すごいなあ。彼女もエンジニアか何かなの?」
「まあそんなもんですかね。榎田さんこそ、今日残業してていいんですか?」
「こんなおじさんとクリスマスを一緒に過ごしたい人なんていませんよ。周防美さんみたいなイケメンが私と仕事だなんて、ほんとに勿体ないなぁ」
「イケメンじゃないですってば」
僕は榎田さんと一緒に過ごしたくて来てるんですよ。心の中でそうつぶやいた。

以前、榎田になぜ結婚しないのかと遠まわしに聞いたことがある。
「何でかなぁ… 私は何でものめり込む性質でね、勉強も仕事も頑張ったし、好きな音楽や野球にも一生懸命で。でも恋愛には疎くてね、いつか適当な人が見つかるだろうって思ってたら、こんな年になっちゃったって感じかな。ホモ疑惑もあるんだけど、私、ホモの人にもモテないんだよね、困ったもんだ、ハハハ」
外は雪が散らついていたが、部屋の中は暖房が効いている上に、機械の放熱のせいで温室のようだった。暑がりの榎田は、ネクタイを緩めてシャツのボタンを一つ外した。机を並べているホモが、ドキドキしながらシャツの中身を想像している事には全く気付くわけでもなく。ちょっと冷たいものでも調達してきますよ、と榎田が売店に出ていった。

初めて会ったあの日以来、榎田に対してはまるで恋する中学生のように純情になってしまっている自分がいる。だが、嵯峨の顔を見ると見境なく欲情し、嵯峨がいない時は代わりの男を咥え込んでいるような自分が、榎田との関係をこのままで我慢できる自信もない。これまでの付き合いで榎田がゲイである確率はゼロに近いと思うものの、仕事以外では押しの弱そうな榎田が、迫れば応えてくれるような気がしないでもない。榎田はどんなセックスをするのだろう。百戦錬磨の嵯峨仕込みのフェラで榎田が悦ぶ顔を見てみたいが、ソフトなヴァニラセックスでも自分的にはOKだ。

「周防美さんは、ヴァニラでいいかな?」
「ええっ?!」
自分の世界に入り込んでいたので、榎田が帰ってきたのに気がつかなかった。
「…いや、アイス買ってきたんだけど、チョコとヴァニラとどっちがいいかなと思って」
自分がひどく驚いたことに戸惑った様子で、売店で買ってきたアイスクリームを差し出した。
「…じゃあ、チョコの方がいい?」
「あ、はい…ありがとうございます」
ヴァニラという単語に反応したことには気付かれていないようだったが、恥ずかしさで火照った顔を冷ますかのようにカップ入りのアイスをかき込んだ。

仕事が完了し、榎田に食事に行きましょうかと誘われた。しかし、今月はひどく疲れた。食事を一緒にしたからといって榎田との距離がこれ以上縮まるわけでもないだろう。それに、嵯峨が帰ってくるまでに、大きなクリスマスツリーを飾っているだけの部屋をもう少し雰囲気良くしておきたかった。 「すみません、今だったら最終の新幹線に間に合うので帰ります。明日、用事がありますので…」
「ひょっとして彼女が帰ってくるとか? 当たり? じゃあ明日が楽しいクリスマスなんだね」「はぁ、まあそんな事になればいいんですけど」「じゃあ今年は今日が最後だね。どうも大変お世話になりました、来年も宜しくお願いしますね」
「あっ、こちらこそ、来年もどうぞ宜しくお願いします。よいお年を」
新幹線に乗り込むと、どっと疲れが出た。出張先で榎田とどうにかなりたいという野望と仕事を両立させるのは、不器用な自分には難しかった。このまま彼女がいると思われたままでいいのだろうか。それで話を合わせている自分の優柔不断さは棚に上げて、そういう方向に話を持っていった春原に腹が立つのだった。

次の日は、嵯峨が夕方に帰ってくるまで、嵯峨のマンションで掃除にかかりきりだった。嵯峨が地元のFCでサッカーを始めてから、遠い自分のアパートに来なくなって以来、自分が嵯峨の家に行く事が多くなったのだ。それに、嵯峨と正式に離婚した元妻が荷物を全て引き取った事から、マンションに足を踏み入れたくないという理由もなくなってしまった。このままズルズルと押しかけ同棲みたいになってしまうのかな、などと考えていると、嵯峨が帰ってきた。

「ただいま、裕貴。今年も無事で帰還を果たしたよ」
これだけ年月を重ねても、久々に自分を見た時の嵯峨の笑顔には、未だに胸がキュンとなる。
「お疲れ様。今年のイヴは日本の方が寒かったかもしれないよ」
手に持っていた荷物を受け取ろうと伸ばした手を取られた。いつものように抱き寄せられ、キスを交わした。優しさと激しさが交錯する嵯峨との長いキス。嵯峨は、自分が嵯峨から離れられないのは嵯峨の逸物のためだと思っているが、それは違う。
シャンペン
「ね、ごはん食べてきたの?」
「食べてないけど、お前が先だ」
「いつもそうなんだから… 僕はケーキ食べたいんだけどな」
「じゃあケーキ食べながらやればいいじゃないか。
昔やったよなぁ、ちんちんにクリーム塗りたくって……」
「もう、それはベタベタするからヤだよ」
「じゃあ裕貴君、向こうでシャンペン買ってきたから、シャンペン・フェラしよう」
「これも後でベタベタするじゃん」
「辛口のシャンペンなら大丈夫だよ」  

見よう見まねでキャンドルと花を飾ってセッティングしたテーブルに着き、シャンペンをグラスに注いで乾杯した。一杯目を飲み干すと、二杯目を口に含んだ嵯峨にペニスを咥えられた。自分はどうしてもシャンペンを零してしまうが、嵯峨はこれを実に巧くやる。喉越しが心地よいシャンペンでも、デリケートな部分を浸されるには刺激が強過ぎる。逃げ出したくなるような快感に、恥ずかしげもなく声を上げる。昨晩は榎田と機械のモニターを目前にしながらアイスクリームを食べただけで十分だったのに、今夜は嵯峨と高価なシャンペンでこんな事をやって乱れまくっている。

「お前、明日仕事だよな? 程ほどにしておかないとまた怒られるな」
「先週休日出勤したし、明日の忘年会に出席したくないから、代休にするよ」
「良かった。私も明日は年休取るんだよ。じゃあ、朝までOKだな、久々に」
「朝までやるなり、跡つけるなり、お好きにして下さい。でも歯型はNGだから」
「はいはい、舐めるだけで、噛んだりはいたしません」

今、自分に必要なのはこれなのだ。ここ数年のサッカーに対する入れ込み様が気になるが、嵯峨は自分の人生の3分の1を共に過ごした男だ。榎田への淡い気持ちは本当だが、相手が自分を必要としているのは多分仕事の部分だけだ。それは当然の事なのだが空しい。

「叶いそうもない希望はとっとと棄てて、そろそろ目の前の幸せについて考えた方が良くないかな?」

いっそ、そう嵯峨に言われたら榎田を諦められるかもしれない……。そんな都合の良い事を考えながら、雪の舞い散るベランダでタバコを吸っている嵯峨をぼんやり眺めながら、僅かに残ったシャンペンを飲み干した。  

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