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7)HOTEL

昨夜は興奮して余り眠れなかったのに、朝早く目がさめてしまった。空港には夕方着けばいいので、かなり時間がある。先週末に寝込んで出来なかった掃除・洗濯を念入りにすることにした。飲み会の欠席の電話も入れ、時間割通りに用事を済ませたが、服装選びには時間がかかってしまった。まるで初めてデートに出かける女の子みたいだと思いながら、何となく気に入って買っているデザイナーズ・ブランドのシャツを選んだ。休日にスーツを着て出かけるのは初めてのことだ。

電車で新宿に出て、新宿から空港へ向かうバスに乗った。抜けるような青空に汗ばむ陽気。バイクで走る時とは違った景色に、まるでこれから海外旅行に出かけるかのように心踊る気分になった。少し早く着き過ぎたので、空港内をぶらぶら散策してみることにした。成田に来たの初めてだ。テレビでは何度も見ているが、海外を往来する人々が混ざり合った独特の空気は、来てみないと実感できないものだった。そろそろ時間になり、到着ロビーでボードを確認すると、嵯峨の乗った便は定刻通りの到着だった。暫く待つと、スーツの下に派手な色のシャツを着た嵯峨が颯爽と出てきた。自分を見つけると満面の笑顔で手を振った。胸がきゅんと熱くなった。

「どうも、出張お疲れ様でした」
「ありがとう。来てくれて嬉しいよ。君、白くて目立つからどこにいるかすぐにわかった」
「白い白いって言わないで下さいよ。嵯峨さんこそ、そのシャツですぐわかりましたよ」
「ハハハ。じゃああんまり目立っちゃマズいから、さっさと退場するか」
長旅での疲れを微塵も感じさせず、ご機嫌の様子だった。
「パーキングに車預けてあるんだけど、ついてきてくれる? それから今日は、これから雰囲気の良い店で一杯やりたいんだけど、いいかな? それとも食事に行こうか?」
「今、あんまりお腹空いてないです」
空腹だが胸が一杯で何も食べられない、とは言えない。
「じゃあ、新宿に行くとしよう」
1週間、主を待っていた車のトランクにスーツケースを放り込み、嵯峨が車を出した。

スムーズに高速を走る車中、嵯峨から今回の出張の顛末を聞かされながら新宿に戻った。嵯峨の車は、新宿で一番の高層ホテルに吸い込まれていった。最上階でエレベータを降りると、地上を遥か彼方に見下ろす、ガラス張りの吹き抜けのラウンジが広がっていた。沈みかけた夕日が残したサーモンピンクの地平線が美しい。席を案内した白人のウェイターに、嵯峨が英語でオーダーした。その親しげな雰囲気から、嵯峨が常連であることが感じ取られた。空港に引き続き、会社で過ごす味気ない日常と隔絶した世界を前にして夢見心地だった。

「嵯峨さん、ここにはよく来られるんですか?」
「うん、外人客は大体ここに泊まるから、ご接待とかでね。お気に召して頂けたかな?」
「はい、高級なところで緊張するかと思いましたけど、意外と落ち着けるところですね」
「ライブ演奏が始まるとちょっと騒がしいけどね。気に入ってもらえて良かったよ。プライベートで来たことはないんだけど、今日は君もお洒落してきてるし、ここが似合いそうだと思って。そのシャツよく似合ってるね」
「え? ああ、ありがとうございます。実はどれにしようかすごく迷ったんです。嵯峨さんいつもお洒落だし…」
「私はお洒落なんじゃなくて、派手なだけだよ、多分」
自嘲気味にそう言ってタバコに火をつけた。

「ねえ、周防美さん、改めて言うのも何だけど、この前は本当に申し訳なかったね。君がどんな人なのか気にもかけず、自分と同じノリだと勘違いしてしまってあんな事を…」
「謝って頂かなくてもいいです、合意の上なんですから。ちょっとびっくりしましたけど…」
「そう言って貰えるとありがたい。で、このままじゃ私への印象が悪いままだと思うから、今日は場所を変えて仕切り直ししたいと思ってね」
「仕切り直し?」
「まさか、今日お出迎えのためだけに来たなんて言わないでくれるよね? それとも私がどれだけ君に夢中なのかまだ判って貰えてないとか?」
「そんな事ありません。僕だって大人なんですから。ただ、心の準備が必要で。この前みたいなのは、何ていうか… 唇より先に股間を奪われたショックは大きかったです」
「はっはっは、うまい事言うねえ。でも、ゲイのセックスってあんなもんだよ。君は即物的なのは嫌だっていうんだね。じゃあ、今度からはフェラより先にキスすればいいかい?」
そういう問題なのだろうか。何かうまく丸め込まれているような気がするが、すきっ腹にカクテルを飲んだせいで酔っ払ってしまったのか、頭がまわらない。何と言い返そうか考えていると、2杯目のマティーニを飲み干して嵯峨が言った。

「まあとにかく君の同意が得られた事だし、そろそろ部屋に入ろうか?」
「部屋?」
「今夜はここに部屋をとってあるんだよ。二人ともお酒飲んじゃったから運転できないだろう。それとも誰か待っている人がいるの?」
「まさか。でも僕、泊まる用意とかしてないですし…」
「泊まる用意? ここみたいなホテルなら何でも揃ってるから大丈夫だよ」
「だって眼鏡持ってきてないですから… コンタクト外したら殆ど見えないんです、僕」
常に寸分の隙もない嵯峨が、あっけにとられた表情で聞き返した。
「……君は眼鏡ないとセックスできない人なの?」
「……いま僕、セックスの話してないですよ?」
予想外の嵯峨の返答に、それまで真っ直ぐ伸ばしていた背筋の力が抜けて、テーブルに両肘をついてしまった。
「私は38年生きてるけど、眼鏡ないからってお泊まり拒否する子に出会ったのは初めてだ。可愛いだけじゃなくて実に個性的なんだねえ、裕貴君」
「嵯峨さんに個性的だと言われるレベルじゃないと思いますけども」
「いやいや、なかなかのモノだよ、我ながら見る目があったなあって感心する。まあ眼鏡してたら飛ばしっこしても目に入らないから便利だけどね、ははは」
「………」
もうこの男は既にエロモードに入ってしまっているようだ。

「眼鏡なら明日買ってあげるから、ね? 真面目な話、これから君と素敵な関係を築いていくためのチャンスを与えて欲しいんだ」
いつものように、じっと目を覗き込んで嵯峨が言った。セックス至上主義のとんでもない男だという事が判っているのに、この目に勝つことはできない。
「嵯峨さんずるいですよ。僕が断れないって判ってるくせに…」
嫌味っぽく言ったつもりなのに、これ以上ないほど嬉しい顔をして頭を撫でられてしまった。
「じゃ、行こうか」

いつのまに嵯峨はチェックインしていたのだろうか。車でホテルに来てお酒を飲んだらこういう展開になるのは中学生でもわかる事だ。それなのに心の準備がどうのと言っている自分を、嵯峨は馬鹿か、カマトトだと思っているかもしれない。もし「仕切り直し」が上手くいかなかったらどうしょう。いや、今日は体調も悪くないし、二度目だし、上手くいくようにしなければ……。
そんな事が頭で渦巻く中、上機嫌の嵯峨に促されて、ジャズ演奏が佳境に入っているラウンジを後にした。

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