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3)サタデーナイト・フィーバー

昨夜は結局、明け方まで寝かせて貰えなかった。
一ヶ月間自分を放置したお詫びだとか言いながら、いろんな体位を要求してくるわ、人には仕事の話をするなと言っておきながら、自分の留守中に起こった一部始終を報告してくれるわで、お陰でこちらは3時間位しか眠っていない。体中に「検印」の跡が鮮やかに残され、突きまくられた部分がヒリヒリして歩き方がぎこちない。目の下にはうっすら隈もできてしまっている。

会社に着くと、春原が先に来ていた。春原は入社4年目で、新入社員の時から自分の下で働いている。今時の若者らしくヘアスタイルなどにも気を使っており、一見モテるタイプに見えるが、仕事は真面目で休日返上も厭わない、この職場のために存在するような人材だ。

「おはようございます…うわ、周防美さん、何かやつれてません? 目の下に隈できてますよ?」
「だって僕、2週間休みとってないんだもん。昨夜もあんまり眠れなかったし」
「じゃあ、呼び出しちゃって悪かったかなあ。実は、先方の担当者が海外出張で不在だから、期限が来週になったって連絡あったんですよ」
「それ昨日に言って欲しかったねえ。だったら健太も今日来なくてよかったんじゃない。デートとかできただろうに」
「デートなんて1年くらいしてないっスよ。去年の今頃、休み取れなかった時に振られちゃってから彼女いないもんで」
とほほ、といった表情でコーヒーをすすりながら言った。

「ここで働いてたらそれは避けられない問題だよねえ」
「周防美さんこそ、それだけ仕事ばっかしてたら彼女逃げちゃいません?」
「僕はモテない君ですから。逃げられるような彼女いたら、今日出勤してないよ」
「よく言いますよぉ。周防美さん仕事できるし、優しいし、背は高いし、モテない理由ひとつもないじゃないですか」
「何誉めてんだよ、気持ち悪い」
「事実じゃないですか。みんな言ってますよ。周防美さん独身主義なのかなあって」
「いろいろ事情があるんだよ。でも会社でプライベートな話したくないから」
「それが却って興味そそられるんですけどねえ。あっ、ところで、嵯峨さんがね、とうとう中川さんを飛ばしちゃったらしいですよ」
中川は「精神的ストレス」による通院で週に2〜3日しか出勤しない困ったチャンで、今日の仕事も彼のお陰で遅れが出てしまっているものだ。

「そうなんだってね。これで何人目だろう」
「え? 周防美さん誰から聞いたんですか? 僕、今朝人事ルートで聞かされたところなのに」
昨夜ベッドの中で嵯峨さんから聞いた、なんて言える筈がない。
「いや、知らないけど、時間の問題だったじゃん。嵯峨さん、仕事しない人嫌いでしょ」
「あの人厳しいですもんねえ。でも後任はどうするんでしょう、派遣社員とか入れるのかな」
「いや、そんな経費は出ないから、僕らが引き継ぐ運命になるんじゃない。また残業とか出張が増えるよ。お互い体に気をつけて頑張ろうね」
「そんなぁ、目の下に隈作った人に言われても、全然頑張れませんよう」
遅れて合流した同僚の登場で春原とのお喋りを中断されると、機械と一体化する土曜日が始まった。

夕方5時、仕事が1段落ついたので切り上げることにした。駅に向かう途中、春原が追いついてきた。
「あれ、周防美さん、今日は電車ですか?」
「うん、ちょっとバイクの調子が悪くてね」
調子が悪いのはバイクではなくお尻の方だ。嵯峨がハッスルした翌日は、痛くてとてもバイクにはまたがれない。

「健太は寮に住んでるんだよね? 反対方向じゃない、どっか行くの?」
「ええ、久しぶりに中古CDでも漁りに行こうかと思って。あ、周防美さん、それとも御飯食べに行きます? 今日のお詫びに俺がおごりますよ」
「嬉しいけど、今日はもう帰って寝かせて下さい。明日は洗濯しないといけないし…」
「ほんとに周防美さん、彼女いないんですかあ? あり得ないけどなあ」
家事をやってくれない彼氏がいるんだよ、と心の中でつぶやく。
「そうだ、俺が周防美さんちに行ってご飯作りましょうか? こう見えても俺、料理得意なんですよ」
「そこまでして人の私生活に探りを入れたいのか、君は」
「へへへ、それもありますけど。周防美さん、何かほっとけないタイプなんですよね」
「ありがとー、でもそれ若い女の子に言われたかったりしてね」
「ははは、すいませんね、若い男の子で」

駅に入ろうとした時、携帯に嵯峨からメールが入った。車で駅近くに来ているという。
「ちょっと僕、電話しなくちゃいけないんで、ここで。また来週ね」
「え? ああ、はい、お疲れ様でした」
ふいをつかれて間の抜けたような表情だった春原は、すぐに「やっぱりね」と言わんばかりにニヤっとして一礼し、改札へと消えていった。

駅までの道を逆戻りすると、側道に嵯峨の車が止まっていた。疲れきっている自分とは対照的に晴れやかな表情でタバコをくゆらせていた。

「今一緒だったのは春原、だったよな。お前に興味がありそうだな」
「何だ、見てたの。くだらないこと言わないでよ、健太はノンケだよ」
「健太? 何でファーストネームで呼ぶんだよ。ノンケだって男に興味持つ事あるだろう。今日これから食事に行こうとか誘われたんじゃないのか?」
「今日呼び出したお詫びに奢るとは言われたけど?」
「用事もないのに休日に呼び出して夕食に誘う。これで家に上がり込めれば計画は完璧だな」
「……」
「図星なのか? お前、本当に笑えるくらい鈍感だなあ」
「あんたの妄想も笑えるくらい立派だよ。ったく、いい年したオッサンが何妬いてんだよ」
「誰があんなガキ相手にやきもち妬くんだよ。お前がスキだらけだから心配しとるんだ」

嵯峨がタバコの火を消し、車を発進させた。FMラジオから洋楽が流れてきた。

「大体、お前は鈍感な上に人を見る目ないからな、私の事もノンケだって思ってたくらいに」
「結婚してたら普通そう思うじゃん。あんただって、幼気な若者捕まえてイケイケだって思ってたくせに。突っ込まれるのはあの時が初めてだったのに」
「あの頃のお前は可愛かったなあ。付き合い始めの頃は、毎週土曜日はガンガンやりまくって」
「お互い若かったからね」
「私はそっちの方は衰えてないけど、最近お前の方からおねだりしてくる事がないのが不満だね」
「じゃあ代休もロクに取れないのに休日出勤させないでよ」
「それは会社に言ってくれ」
「言うんじゃなかった。ま、過労死で僕の方が早く死んだら、崇が喪主になってよね」

車は自分の家とは違う方向に走っている。嵯峨は真っ直ぐ帰らないつもりらしい。

「さて、今日はどこで何を食おうか?」
「あのねえ、僕今日はもうとっとと寝たいんだけど。誰かのせいで昨夜ほとんど寝てないし」
「一ヶ月放っといたとか言われたから頑張ったんじゃないか。あんなにお尻振っておねだりしてたくせに」
「……それは最初の一発目だけだろ。後はあんたの自己満足じゃん。会社で着替えるから「跡」つけないでって言ってるのに、いっぱいつけてるし」
「跡つけたのは謝る。コントロールきかないほど裕貴が可愛い過ぎるから悪いんだ」
「健太が聞いたら卒倒しそう。で、今夜はどうするつもりだったの?」
「新宿のどっかで飯食って、私の家に帰って朝まで…」
「『朝まで』は余分。マジで、僕は自分の家に帰りたいんだってば、洗濯も掃除もしたいし!」
「なあ、裕貴、やっぱり一緒に住んだ方が良くないか? こういうのは時間と金と労力の無駄だぞ」
「またその話? でもほんとにもう眠くて限界、悪いけど今から寝かせてもらうから。どこへでも好きな所に連れて行ってくれていいし」
「わかったよ。じゃあお前の家に戻ろう」

まともに話し合うのが面倒で逃げ続けていた同居話を持ち出されたので狸寝入りするつもりだったが、目を閉じてすぐに眠りに入ってしまったらしい。心地よい眠りの中で、ラジオから流れる音楽が耳に入っていた。昔のダンス・ミュージックで、高音の男性ヴォーカルのコーラスが美しかった。若い頃に聴いていたのだろうか、嵯峨が一緒に歌っていた。今夜は静かに眠れるのだろうか…。

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