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22)台湾旅情

榎田のラボでの仕事が一段落着くと、大阪に出張する回数も減った。榎田が出張で東京に来ることがあっても、その時に限ってわざとの様に嵯峨が日本にいるので、良からぬ野望は達成できないまま月日が過ぎて行った。

大阪に行く代わりに増えたのが台湾出張で、最近では毎月のように台北の関連会社に出向いている。ある時その仕事とは別に、台北市内で開かれるコンファレンスに出席する事が決まった。メールで届いた詳細には、日本からの講演者として嵯峨の名前があった。嵯峨と付き合って既に13年が経とうとしているが、海外出張先で一緒になるのは初めてのことだった。

「今回の出張は楽しみが一杯だなぁ。ホテルまでお前と同じだなんて」
格安のビジネスホテルにしか宿泊できない国内出張とは違い、海外出張ではセキュリティ上の名目で一流ホテルに宿泊することができる。
「取締役とヒラではお部屋のランクが違いますけどね」
「じゃあ、夜は私の豪華なスイートでお楽しみと行こうじゃないか。そうだ裕貴君、ホテルでデリヘルごっこしようよ」
「ごっこ、ねぇ。パパはいつもそんなサービス受けてるんだ」
「何言ってんだよ、パパはいつも出張先では禁欲してますよ。誰かと違って」
「どういう意味だよ」
最近、嵯峨が何か疑っているような事を口にするようになったのが気になる。はるか昔、嵯峨の長期出張の時はマスターベーションを禁止され、律儀にそれを守っていた。今の自分にはそんな健気さのかけらもないのは認めるが、遊びまくっているとは思われたくない。阿部と会うのも年に数回だけだ。

出発の朝、ビジネスクラスの嵯峨とは別行動で、同期の鈴木ら数人と台北入りした。大手ホテル内の会場では、全員前方の席に陣取って座っていた。壇上から客席を眺めていた嵯峨がこちらに気付くと、にんまりと笑ってウィンクした。それを見た鈴木が、
「げっ、今嵯峨さんがこっち見て笑ったぞ? 何か不気味」
「あのご機嫌オーラが怖い」
「この後でお楽しみが待ってるんだよ、きっと」
世界中の同業者が集まったコンファレンスで嵯峨は、中国語で簡単に挨拶した後、英語で講演を始めた。講演の後で行われた質疑応答を初めは真面目に聞き取っていたが、30分も経つと集中力が続かず途中でうとうとしてしまっていた。

コンファレンスの帰り、鈴木達と観光客にはお決まりの店に小籠包を食べにいった。
「嵯峨さんって、ただの自信過剰なオッサンだって思ってたけど、やっぱ凄いわ。オレらとは頭の出来が違うんだなぁ」
「違うのは頭の出来だけじゃないぜ。俺、前に飲み会で嵯峨さんとトイレで隣になった事があるんだけどさ、何気に見ちゃったアレがデカイのなんの! あれ位デカイと女の方も大変だよ」
「へええ、チンコまでご立派だなんて羨ましいなぁ」
「あの自信満々な態度はきっとそこからきてるんだよ」
そのご立派なモノを今夜も咥え込む男が同席している事を知る由もないヒラ社員達は、下ネタを引きずりつつ、テーブルに所狭しと並べられた台湾料理に舌鼓を打っていた。

店を出る頃にはちょうど嵯峨との約束の時間になっていた。
「それでは台湾リピータの周防美さん、夜市のガイドよろしくぅ」
「申し訳ないけど、今日はパスさせて下さい。得意先の人と飲みに行く約束してるもんで」
そう言うと、後ろから小声で鈴木が囁いた。
「接待何でもいいけどさ、お前……くれぐれも病気には気をつけろよ」
「病気って何? 飲みに行くだけだってば。顔見せたらさっさと帰ってくるさ」
こいつは遊び過ぎているのではないかと、勝手に変な心配をしてくれている鈴木の肩をたたき、
嵯峨が待つホテルの部屋へと向かった。

エレベータの鍵がないと上がれないフロアへは、嵯峨が連絡しておいた従業員に案内されて上がった。自分の泊まっているフロアとは全く違う豪華さに気後れしつつも部屋のベルを鳴らした。
既にバスローブ姿になっている嵯峨がドアを開けた。
「こんばんは。ユウキと申します。今日はご指名ありがとうございまーす」
「おっ、写真で見るより可愛い子だねえ」
「今日は講演お疲れ様でした。だけど公衆の面前で愛想ふりまかないでよ」
「あんなに沢山いても、お前が一番可愛いから嬉しくってつい」
「親バカだねぇ。じゃなくて、今夜はデリヘルでしょ」
「そうだった、じゃあユウキ君、早速だけどシャワー浴びてきて」
「よろこんで〜」
「それでね、シャワー浴びたらバスタブに入ってオナニーして見せて」
「やだお客さんったらヘンターイ」

バスルームと部屋を隔てる壁はガラス張りになっていて、お互いが丸見えだった。何だかラブホテルにいるみたいな気分になったが、どんなホテルでも嵯峨とやる事は同じなのでどうでもいい。困ったことに、酒が入った上にこういうシチュエーションでいきなり一人でやれと言われても、なかなか勃起しないのだった。そのうち嵯峨がバスローブを脱いで、その逸物が現れた途端、先程の同僚達との会話を思い出してヤル気が湧いてきた。嵯峨の自慢は自分の自慢、自分の男がデカマラだというのはゲイにとって大きな自慢なのだから。

書斎付きのスイートで何度も場所と体位を変え、思いっきり声も出したデリヘルごっこが終了し、
自分の部屋に戻るため身づくろいを始めると、煙草をふかしながら嵯峨が言った。
「明日仕事が終わったら、九イ分(シウフェン)にでも行くか? どうせお前、市外に出たことないだろ?」

シウフェンとは『非情城市』という映画で一躍有名になった台北郊外の観光地だ。翌日の夕方、
待ち合わせた場所で嵯峨の乗ったタクシーに拾われた。一時間ほど走ると車は徐々に高地へと上って行った。観光地といっても、平日のためか人出はそれほど多くはない。タクシーを降り、日本の温泉街の様なこぢんまりとした街の商店街の一角にある茶房に入った。海と山の両方をパノラマで眺められる屋上のテラスには、先客男性の二人組がお茶をしている他には、店の飼い猫がごろんと寝転がっているだけだった。パステルオレンジの夕日は沈みつつあり、海から吹く風は心地よく額の汗を乾かしてくれた。

「きれいな景色だろう。こんな所に二人で来るの何年ぶりかな」
「さあね。昔はよく車で色んな所連れて行ってくれたよねぇ。崇はカーセックスが目当てだったみたいけど。その落雁みたいなお菓子、食べないんだったら貰うよ?」
景色はもちろんきれいだが、自分には高価な烏龍茶のお茶請けの美味しさの方が感動的で、
全く手をつけていない嵯峨の分まで頂戴した。
「いつだって花より団子なんだなぁ、お前は。ではお味見をさせてもらおうか」
人目をはばからず嵯峨がキスをしてきた。日本にいたらありえない行為にも、旅の開放感と昨夜の情事の記憶が自然に嵯峨の熱い舌を受け入れさせた。
「向こうに人がいるのに」
「ははは、あっちもお仲間だよ」
言われて見てみると、二人組の方も熱いキスを交わしていた。眼下に広がる湾岸沿いの道のはるか先には港街基隆の夜景が瞬いていた。
「色気より食い気のお嬢さんには、ここより基隆の夜市の方がお似合いだな」

再びタクシーに乗って基隆に向かった。基隆は台湾有数の国際港で、目指す夜市「廟口小吃」は、尊済宮という廟の近くに多数の屋台がたっている所だ。昼食をまともに食べていなかったので、麺類、肉団子、マンゴーかき氷など、ここぞとばかりに食べまくった。
「崇、何でそれだけしか食べないの?」
「台湾料理は私には薄味過ぎるんだよねえ」
「何もかも濃いおじさんだもんねえ。僕にはどれも美味しいけど」
「そんなに食べまくってて、お腹壊して明日飛行機に乗れなくなっても知らないぞ」
嵯峨にドクターストップをかけられ、再びタクシーを飛ばしてその日の内に台北に戻った。

翌日、午前の便で嵯峨は大阪へ飛び、自分達は東京に戻った。帰りの機内では隣の席に座った鈴木の尋問が待っていた。
「お前さあ、台湾に彼女とかいるの?」
「いません。夜市に行かなかったから怒ってるのでしょうか?」
「違うよ。お前、H社のOLさんとのコンパで下ネタ大王になってたの覚えてる?」
「飲み会ではいつもそうらしいですが何か?」
「あの時は明らかに飲みすぎで、ウォシュレット愛好の話はまだいいとしても、コンパでフェラチオの話を女子の前でするなんてサイテーだと思うけどな」
いつ嵯峨が襲ってきてもいいように下半身の清潔は常に心がけているので、ウォシュレット愛好の話は本当だ。しかし、フェラチオの話は全く記憶にない。

「そ、それでフェラチオの話ってどんな……」
「男を愛しているなら最高のテクを勉強するべきだとか何とか。彼女達ドン引きしてたぞ」
全身の力が抜けた。最高のテクを「披露」したのでなければそれでいい。
「……とにかく、他社のOLでよかった……」
「あれから、お前ちょっと遊びが過ぎてるんじゃないかって心配してるんだ」
「ご心配なく、ちゃんと付き合ってる人いるから」
「春原が言ってる年上の彼女? オレは信じてなかったんだけど、実在の人物なのか?」
「妄想じゃないよ。詳しくは話せないけど、そういうことだから心配しないでくれ給え」
「まさか不倫とかじゃないよな? お前、見た目はいいけど要領悪いから不倫には向いてないぞ」
「相手も独身なのでご安心を! ったく、自分が結婚できたからって、余計なお世話なんだよ。それより自分の心配したらどう? 奥さんオーバーワークで最近超ご機嫌悪そうだけど」
「そうなんだよなぁ。一度、話聞いてやってくれよ。あいつ、お前の言う事なら聞きそうだしさ」

鈴木と結婚して一児の母となった佐倉が、今でも自分に気持ちがある事を鈴木は知らない。
嵯峨がいなければ、佐倉のあの勢いで自分が結婚させられていたかもしれないと思うと、何となく鈴木に申し訳ないと思ってしまう。もっとも鈴木自身は絵に描いた様な幸せな結婚生活を営んでいるのだから、それこそ余計なお世話なのだが……。

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