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3) 意外な天敵

一応の彼との、決着をみて(これをまとまったとするならば、だ)食事に行くと言う約束を取り付けた。かなりの長い時間を要したが、行くと言ってくれたことには間違いないことだし、これで悩みも一つ減ったと思った。彼は相変わらず、コーヒーを飲んだりケーキを食べたりしていた。

『ウィーン』と無機質で機械的な音が店内に味気なく響いた。
新たな客の入店だった。
入店してきたアベックは出口に近い四つの椅子のある割合、広い席に着いた。女性の方は僕達のテーブルに背を向けて座っていたので顔は判らなかった。そのうち、男性客が僕達の方に向かって歩き出した。
妙に下品で嫌らしい締りの無い笑顔を向けながら、だ。

「ほぉ、妙なところで会うものだ。ここへはいつも来るの?」さも、意味ありげな表情をして話しかけてきた。
「……いえ、初めてです」
僕は彼が苦手だった。話などしたくなかったのでつい、言葉が冷たくなってしまった。
「相変わらす、つれないね。もう少し、かまってくれても罰は当たらないと思うよ」(相変わらずなのは、どっちなんだよ?)
「珍しい人と一緒にいるんだね? ……君の連れはたしか『藤村君』じゃないか? 校内のアイドルと一緒だとは、ね」
(まったく、言葉尻に棘の有る奴だな……早く帰ってくれないかな?)
180センチの長身を持て余しながら、琳の方を向きながら赤いトレーナーの袖口を肘までたくし上げながら言った。

「ところで、藤村君、この間の話の件、考慮してくれたかな? 僕としてはいい結果を期待しているんだがね、どうだろう?」
(……何の話だ?)
僕には彼らの話がなんなのかわからなかった。
「山下先輩からのお話の件でしたら、丁重にお断りさせていただきましたよ。お聞きになっていないのですか?」
「そうなのかい? そんな話は聞いてないな。だったら、僕が直接頼んでも、ダメかなぁ?」
彼は奥村 芳樹(おくむら よしき)。僕達の学校で寮の舎監生を勤めている、いわゆるエリート学生だ。寮の舎監グループの一員であるがゆえに彼は校内で多少の権力と派閥を持っている。

しかし、彼は人を差別するので人望は微塵も無かった。
僕は彼が嫌いだ。
ちゃんと、つきあえば本当は違うのかもしれなかったが、僕は祖先の代から敵のような感じがしていたので、どうにも好きにはなれなかったのだ。(どこが嫌いって言われると困るんだけど)
彼の糸を引くようなネバネバした態度は僕を一層不快にさせた。
「申し訳ありませんが、お断りします」
琳は顔一杯に不快さを表して斜に構えた態度で椅子の背にもたれていた。
(怒っているなぁ)
琳がこんな態度を見せるときは要注意だ。
完全に人を見下しているからだ。勿論、誰構わずこんな事をする事などしないが、自分の気に食わない奴にはいつもそうだった。

「藤村君、君の噂は常々聞き及んでいるよ。学校でも屈指の美男にして、頭脳明晰、先生方の受けもいい。それに、かの藤村製薬のご子息だそうじゃないか。母方は三瀬財閥の直系だっ たよね?家柄も申し分ない、素晴らしい。そういう、君こそが我がテニス部に入部してくれると心強いよ。是非、どうだろうね、君ならば次期部長も夢じゃない。実力容姿ともども兼ね備えている、君なれば、だよ。 ……それとも、あんな、暗い執行部などで三年間を終えるつもり かい?」
(お世辞にしても、よく知っているな。それとも、嫌味なのかな?)

 しかし、奥村先輩が琳をテニス部に誘っているなど、知らなかった。勿論、即答で断っている事も。奥村の嫌味とも取れるドロドロしたものは、琳にとって何の意味も持たない様だった。
彼は『ふふん』と言って、鼻で一笑し彼は舌なめずりをして獲物近づく猫科の動物のように体を低くして、彼を見上げてこう言った。

「この前の、D高校との練習試合に、あんたの子飼いの松村がストレート負けしたんだって? …無様だなぁ、で、あんたは俺に『あんたの羊になれ』っていうのかい?  あぁ、それに最近あんた旗色悪いよな。部長の水谷さんとテニス部の人事でもめたって言うじゃないか? 根回ししたんだって? なのに、あんたの息の掛かった連中、あんたを裏切って、水谷さんに寝返ったそうじゃないか?  あんた、よっぽど嫌われてたんじゃない?」
「……」
奥村はただ黙ったまま彼を見つめていた。
「この状況で、あんたにつく奴はいねぇよ。一緒に心中なんてご免だな。まぁ、精々、頑張るんだな。俺は高みの見物とさせてもらうよ」
僕は内心『ざまあみろ』と思っていたが、彼の顔がリトマス試験紙のように見る見る変化し、妬みと嫉みを地面の中から湧き上がらせ、ジワジワと彼の体を染め始めているような気がした。

そんな状態を見てしまってから、後戻りの出来ないことを琳がしてしまったのではないかという不安に駆られた。
奥村の胸には、琳の強烈な言葉の氷の矢が突き刺さっているのではないのかと、思われるくらいだったが、僕は彼のプライドが無残にも崩れ去り、顔色がうせてゆくのを感じていた。

ただ、何も感じていない琳が、又、僕をビックリさせることを言った。
「なぁ、奥村。いつまでそこに突っ立ってるんだ? いいかげん用が済んだら、行けよ。それとも『密のデートの相手が俺だった』ってのが、意外だったとでも今更思ってるのか?  おまえが、俺に死んだって取って代われる訳がねぇんだよ……いつまで居ても、な。お前はそこの女のケツでも追いかけてりゃいいのさ」
挑発的な口調は相手を黙らせるのに十分だったし、彼の言葉は意味ありげであった。後にこの事が意外な結末を伴って僕達の間に立ちはだかってくるとは、今は未だ想像できなかった。

奥村は僕の方へ向き直り『失礼』と上擦るような小声で言って席を離れた。
僕は足早に立ち去る奥村を見つめながら
「あんな事を言って、いいのか?」
「あんな事って?」
「はぁ? 白らしいなぁ、もう。絶対、仕返しあるよぉ」
「ふん、仕返しなんてあるもんか!」
「だって、ネクラそうだよ?」
「ふ〜ん、それより、奥村がなんで知ってるんだ? お前のこと」
「なんでって……」
僕は急に質問してきた琳に驚いてしまった。
「……顔見知りのような言い草だったぞ!」
琳は声を潜めながらも、きっちりドスが効いていた。
「た、田嶋先輩が、紹介してくれたんだよ」
僕は、いつになく緊張した面持ちで答えた。
「……それだけ?」
「うん、それだけ」
まだ疑っているような目つきでいる琳は、「なんで田嶋先輩がお前に紹介するんだ?」と、人差し指で俺を指差しながら言った。
「し、しらないよ。そんなこと言われても……クラブの関係だろ?」
僕は、既に蛇に睨まれた蛙のように、微動だにせず彼の救いの返事を待った。
「ふ〜ん、そうか……。美術部の田嶋先輩はテニス部の奥村とつるんでるってことか?」
「そういう、見方もあるんだ……」
僕はなにやら画策している琳をおずおずと見た。

「それよかさ、取り巻き連中も怖そうだよ?」
「腕は俺が一番強え〜んだよ。俺に勝てる奴なんて、いねぇ」
「いや、まぁ、確かに……」
彼の腕っ節の強さは半端じゃない。しかし、その事実を知っているものは学校内にはいないだろう。僕と高橋と佐伯ぐらいのものだ。(彼の猫かぶりは今に始まった事じゃない)
「心配ないよ」
「そうは言っても……かなり、ネチッこそうだからなぁ、彼の性格」
「……なんで、お前が知ってんだよ?」
「何を?」
「せ・い・か・く、だよ。性格がネチッコいって、何故知ってる?」
「ネチッこいって有名じゃん。何言ってんだか……」
「あいつの暗さは天下一だ、周りも巻き込みぐらいだからな」
「へぇ?」
平然と言ってのけた琳と目が合った。
僕は急に可笑しきなってしまい、笑っていいのか悪いのか、モジモジとしていた。
そんな状況を見ながら
「お前、笑うのか、嫌がるのか、どっちかにしろ。……気味悪いぞ」
「ふふふ……うん、けど……」
「ったく、出るぞ」
「あ〜、琳だって笑ってる……」
僕は彼が笑っているのを見てしまって、指摘すると、彼も笑いが止まらなくなったのか手で口元を抑え、ふんだくるようにレシートを取って席を立った。僕も慌てて彼の後を追った。

外は先程入った時と何ら変わりなく、そこの存在していた。重く湿気た空気、他人との関わりを拒絶するようにひた走る人々、何かに取り付かれたように茫洋とした足取りの人々の群れがただ、乾ききった道路を進んでゆくのが見えた。
 何もかもが、モノクロの写真のように見え、現実感が失われたように薄っぺらになり、人々の声が壊れたラジオから洩れ出る雑音にも似た音に聞こえた。
 しかし、何故か、振り向くと自分と琳だけはカラーテレビのように鮮やかに写って見え、声はステレオ放送のようにクリアに聞こえた。
『なんて、自分勝手で独り善がりな思いなんだろう』と、失笑しながら僕は彼と共に家路を急いだ。

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