yyyyyyyy Mount Cook Lily 21) 大きなうねり
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21) 大きなうねり

状況、気持とも最悪だった。このままの状態でクラブに顔を見せるのは億劫だ。自分自身の頭の中が、整理されていない状態で出席するのは、何か失態を起こしてしまうのではないかという危険性があるからだ。
ただの失敗ならいい、だが、何となく厭な予感がする。
(予感ほど当てにならないものはないが、なんとなく厭な感じがするのだ)

僕は人気の無い廊下で、手早く身仕度を済ませ、自分自身の顔が見たくてトイレに向かった。
ドアを開けるときれいに掃除された洗面台があった。徐に、洗面台の方へ向かい正面にある鏡を見つめた。そこに写っていた顔は、確かに僕の顔であったが、同時に違う顔でもあった。
じっと見つめる顔は、何ら変わらない表情で様子僕自身を見つめ、物憂げであった。涙が溢れそうだった。(……情けないな、泣いてどうなるわけでもないのに)

 そのとき、廊下をゆっくりと歩く足音がした。
僕は咄嗟に蛇口を捻り、水を出し顔をジャブジャブと洗った。
足音がゆっくりとした歩調で、僕の傍を通りすぎていった。
僕は鏡で洗いたての顔を覗いた。拭うものもなく濡れた顔をつたう水が洗面器へ滴り落ちるのを見るわけでもなく、ただ何となくそれを感じていた。クラブへいかなくてはいけないと言う思いだけが空回りしているような気がした。

結局、何をしても、どう考えても答えなど出るはずもなければ、僕が犯した(実際は未遂なのだが)罪が急に消え去るなどは有り得ないのだ。
時間はとうに過ぎてる。戻りはしないのだ。
僕はやや平静さを取り戻したかに見えたが、内心は危ういもので一杯だった。
トイレから出て、僕は普段と変わらない態度で廊下を歩きだし、クラブが行なわれたであろう美術室に向かった。

 クラブを行なっている教室は、第一美術室で2階の二年生達の階の体育館へ渡る廊下の隣にある。外にある体育館は、二階の渡り廊下の階段を下ると、入り口にいけるようになっている。
もちろん一階からの入場が本来の入り口だか、二階からは室内履で直接来れるようになっている。体育館への階段の隣に第二美術室、その隣に美術準備室があり、準備室を挟んで、第一美術室が対峙している。二つの教室に挟まれた準備室は、美術部の部室 を兼用している。運動部などの部室は、体育館の正面入り口の右手側を少し奥に入ったところに一列に並んでいるが、文化系クラブの場合は、ほとんどが特殊教室の準備室を部室にしている。

 僕は微かに声のする第一美術室の方へ進んでいった。ゆっくりとドアを開けると、見慣れた風景と知っている顔が見られた。
知っている顔の人物は僕の顔を見るなり笑い、話しかけてきた。
「先輩! もう会議は終了したんですか?」
「あぁ」と、だけ返事をして、彼の描きかけの絵を覗いた。

「何……あったんですか?」
「えっ、どうして?」
僕は彼が突然、的を得た事を言ったので狼狽していた。
「……いえ、ただ何となく、何時もの雰囲気じゃなかったようなので……」彼が言い澱んだ。
「いや、別に……性に合ってないんだろ、会議が……」
僕は同意を求めるような笑いを彼に返した。

僕は彼の近くに歩み寄り
「それより、井原。これ文化際に出品する作品かい? ……秋の展示会にも、出せる出来に仕上がってるなぁ」
僕はつい先程狼狽していたとは思えない態度で、彼の作品をまじまじと見つめていた。彼は照れた笑いしながら
「そうですかぁ?実は、ちょっとだけ自信があるんですよ」
井原の油絵は赤と黒が印象的な抽象画だった赤の色は彩度が暗く、黒は微妙なバランスで黒からグレ−に明るく描かれていた。
「井原の絵って、暗すぎないか?」深町が明るい声で、井原の絵も見ずに自分の絵を描き続けながら言った。
「脳天気なお前の絵よりはましだよ」
「俺の絵は脳天気ではないぞ!見るものをハピルマンにする絵なのだぁ」
「……お前の頭、腐ってるぞ」松島がボソボソと低い声で言った。
この教室には楽しい学生達の会話が溢れていた。
事態はは一向に進展してはいないが、ここに溢れる雰囲気は僕を和ませるのに十分だった。
「先輩は制作の方、進んでいるんですか?」松島が僕の方に顔を向けながら聞いてきた。

「……う〜ん」
「って、できてないんスかぁ?」
「なんだか、落ち着かなくてね」
「人物は誰か特定の人でも?」深町と僕の会話に滑り込むように話しに加わったのは、今まで黙って静かな笑いだけを湛えていた宮内だった。
「えっ?」
「……どなたを描いてらっしゃるのかと思ったものですから」
体躯の良い宮内はガタイに似合わず、性格は非常に大人しく物静かで、一見硬派に思える程、堅物に見えた。(実際、今時の若者に似合わず『ガタイ』と言う言葉がピッタリと当てはまるのだ)
「…………」
僕は慎重に言葉を選ぼうと思い、少し考えた。
「武上さ……先輩が、どんな方を描いてらしゃるのか、ただ知りたかっただけです。ですから、その、言いにくいのでしたら……」
宮内の声は次第に消え入りそうで、最後の方聞き取りにくかった。
「……出来てるってゆうか、何てゆうか……」  
「『候補が有りすぎて困る』ってゆう感じっスか?」
「だと、いいんだけど、そうゆう感じでもない考いなぁ」
「抽象画ですか、それとも人物ですかぁ?」 
い深町が先程よりもさらに明るい声で聞いてきた。 

「……両方って、あり?」 
「あり、ですけど出来上がってるんっスか?どっちも、出すんでしょ?」
僕は今、『琳』を描いていることを話すべきか躊躇した。
「まだ、思案中……」
と、言葉を濁した。
「先輩〜ぃ余裕っすよね〜」
「ほんとにぃ〜、いいなぁ〜」
「……余裕があるんだったら、迷わないよ」
「いやいや、俺だっら両方だしちまいまいますよ?」
深町が顎に手を当てながら答えた。
「うっ……それは、勘弁してくれ。それでなくても学級の方に頭痛のタネがあるから」
僕はさも困ったような顔をして部員達に言った。
すると、彼らはよほど僕が酷い頭痛のタネを抱えているように見えたらしく、
口々に『先輩って大変だよなぁ』などと言い合っていた。

すると、教室の戸口が開いて琳が顔を覗かせた。
「……密、もういい?」
教室内は一気にトーンダウンしたように静かになり、琳へ視線が集中した。
「あっ……」
僕は先ほどの事を思い浮かべてしまって、彼を見た途端、口篭もってしまった。
「まだ、かかりそう? だったら……」
琳がすまなそうにいいかけると、今まで黙っていた部員達が僕を急かすように
『今日は、特に無いもないですから、帰宅しては?』と言った。
 僕は、琳の『絶対、一緒に帰る』光線を浴びながら、部員達の差し出すような言動に渋々従うように動き出した。
「……じゃぁ、すまないけど先に帰るね」
僕はそう言って、肩越しに手を上げて不満そうな顔つきになっている琳の側へ行った。
琳は僕を無理やり、手を引っ張って教室から連れ出しドアを閉めた

「……帰りたくないの?」
「そ、そんなこと、ない。なんで?」
琳の言葉に刺を感じながらも、僕は精一杯の笑顔で答えた。
「別に……」
「具合はどう?」
「大丈夫、おさまったから……」
相変わらず含みの残した返事をする琳に心臓が張り裂けそうだった。
結局、お互い一言も喋らず自宅へ帰宅した。

僕は琳に触れられた箇所を何度も自分で確認してやっぱり、僕は彼が好きなんだということを思い知った。あのまま流されていればどんなに楽だったのかと思うと、今できなかった自分が悔しくもあった。

彼もきっと僕の事を好きでいると思う。
なのに、僕はいつまでたっても1歩を踏み出さないでいるのだ。
彼はとうの昔に僕の側まで来ているのに……。

あれから数日ほど、僕はあの時の光景や彼に触れられた箇所が酷く疼くような心の状態を抱えながら過ごした。きっと、あと幾日もすれば、忘れてしまえると自分に言い聞かせて……。

 高橋が告白すると言った日の次の日、彼は学校を休んだ。担任の先生もクラスの連中でさえも彼が風邪で休んだと思っている。しかし、僕と琳は違うことを知っていた。しかし、彼は業と、無関心を装い、あえて僕との間に話題に上ることは無かった。

 そして、彼が学校を休んで3日たった頃、彼が僕達の家にやってきた。
案の定、彼は両親と大喧嘩をして家を飛び出したといってやってきたのだ。琳は相変わらずの物言いで、特に変わった行動も起こさず、彼を家に招きいれた。

 僕は琳と違い、彼との会話を恐れていた。だから、彼と二人きりになりたくなかったし、業と関係のない話を持ち出しては、彼に会話の糸口を見出せないようにしていた。高橋は学校を休むことを良しとせず、風邪と偽った4日間は休んでいたが、5日目からは僕達の家から通うことにした。

そんな高橋を琳は『お前、こんな時ぐらいズルすりゃぁいいのによ、珍しいなぁ』などと揶揄して言ったが、高橋は笑いながら『休むと会えないだろ? 福屋さんに』と返されて『……一生言ってろ!』と、悪態をついていた。

 高橋は1ヶ月程僕達を暮らしていたが、彼の母がある日突然やってきて、彼と話し合いをした。
偶々、家にいた僕と琳は二人の話の邪魔をしたくなかったので二人で別室に移り事が進展するのを祈っていた。3時間をちょっと過ぎたころ高橋がやってきて、『家に帰るよ』といって荷物をまとめ始めた。高橋の母親は僕達に何度も御礼をいって頭を下げた。

僕達は特に何もしなかったので恐縮し、琳にしては珍しく『林間学校のようで楽しかったですよ』と笑って答え、苦悩の表情を滲ませた母親を和ませていた。高橋も笑いながら『俺の料理も美味かっただろ?』と僕に笑いかけ、『うん、美味いよ。できたら週に何回かは出張料理人として来てよ』といいかえした。

背中の小さく丸めた高橋の母親は、本当にすまなさそうに何度も礼をいいながら出て行った。

二人の出て行ったドアを僕は暫く眺めていると、琳が僕に話す風でもなく独り言のように呟いた。
「……結局、両親とは何の進展もなかったようだな。ただ、母親とは何らかの糸口が見えたんだろう。……ここは、さすが母親と言うべきなんだろうがな」

 この事態で駒を進めたのは僕以外の人間で、僕の足元は又、小さく土が削られて更に不安定になりつつあるようだ。
結局、逃げている僕を一人残して時間は進み続け、事態は徐々にではあるが変わろうとしていた。

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