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22) 昔のこと(中学時代)

「お〜い、何やってんだよ。鍵、しめちゃうぞぉ〜!」琳が玄関先から僕に怒鳴った。
朝は特に騒がしい。何時も、機嫌が悪い琳と一緒に登校するのには、かなりの精神の鍛練を要した。第一に寝床から起きるのに20分はかかる。
第二に彼を起こすのに、体力がいる。
第三に朝食を食べるのに新聞を読みながらなので、これ又時間がかかる。
制服を着替える段階にくるまでに何分を要するのか、計ってみるのが恐いような気がする。

制服に着替えることは着替えるが、その時に言う文句は毎度同じセリフだ。  
『シャツの襟の形が悪い』とか『ネクタイの幅が広すぎる』とか『ツ−タックのズボンはいいが、裾がせますぎる』とか……。果ては『自分がデザインした方がマシだ』とまで、言う。たまに、愚痴るぐらいなら許せるとしても、毎日毎日、呪文の様に唱えられると、僕までそうなんだと思い込んでしまう。 

 あれやこれやと、難癖をつける割りに、その服がよく似合っていたりするのだ。
『彼のためにある制服』と言っても過言ではない程、よく似合っていた。

 彼の着替えが一段落すると、僕は家の戸締まりや火の始末などを手早く済ませ、上着とカバンを持って、ポ−チで待っている彼の所へ向かった。琳は急がしそうに部屋中をバタバタと駆け回る僕を眺めながらイラついているようだった。
「そんな事どうでもいいだろ? 早くしろよ」声からもイラつきがわかった。
内心ムッとしながら、
「……どうでも良いことじゃないよ。学校行って帰ってきたら、燃えて何にもなかった、なんて嫌だからね」

 彼の側に行き、オックスフォ−ドの黒い革靴を履きながら言うと、
「ばぁ〜か、考えすぎだよ」と、小さな子を叱るように優しい調子になった。
彼が玄関のドアを開け、僕が玄関を出ると鍵を閉めて、スタスタとエレベ−タ−に乗り、部屋から1階のフロアへとゆっくりと降りていった。フロアにはいつも常駐している警備員のおじさんがい、『おはよう、早くしないと遅刻するよ』と、声をかけてくれる。
いつも、いつも、同じ言葉をかけてくれるが、僕はそれが嬉しかった。

「おはよう、今日も早いね」何度言ったか分からない返事を返してお互い笑顔で手を振るのが日課になっていた。決まりきった行動は、ジンクスのようになりつつあったが、朝の光景としては悪くないような気がした。マンションを出て、道路を並んで歩いていると、琳の様子が違っているのに気がついた。彼は僕の顔など見る事もなく、真っ直ぐ前を向いたまま、話しかけてきた。

「鍵、持ってきたか? 俺、今日遅くなるぜ」
「遅くなるって? 今日、代議委員会だった? う〜ん……忘れたみたい…」
上着のポケットを弄ってはみるものの、何も出てこない。台所のカウンタ−の上に置いてあった事を思い出した。
「あれだけ、忙しく動いているのに、鍵を持ってないとは……忘れてくる? へぇ〜」

彼の嫌みな言い方に反論したいが、言い返せない。忘れた僕が悪い。
「……どうすんだよ?」
「ごめん、悪いけど、鍵貸してくれる?」琳は、ポケットから金色のキ−ホルダ−についた鍵束をポケットから取り出して、僕に手渡した。

「今日遅くなるんだから、鍵がなかったら、入れないだろ? ……密、ちゃんと起きててくれよ」
「わかったよ、そう何度も念を押さなくてもいいよ。そんなに心配だったら、念押しに携帯鳴らしてよ。それに、遅いときはいつも起きて待ってるじゃないか。でも、委員会ってそんなに遅くなるの?
……バイトじゃないよな?」
「ちがう、ラケットボ−ルに行くんだよ」

 彼はしばしば、ランニングを朝や夕方にしたりする。彼はクラブの所属はしてはいないが中学時代は、僕ともどもテニス部に所属していた。運動じたい彼は嫌いな方ではなく、彼が今だクラブの所属をしていない方が不思議なくらいだ。しかし、彼がクラブ所属をしない理由を、僕は思い当たる事がある。

  ****************************

 中学時代には、彼と僕はテニス部に所属していた。僕達の学校は県下の中学校の中ではトップクラスの実力があり、テニスで高校へ推薦進学するものもいた。一年生の頃は、球拾いや上級生の辛いイビリの毎日を過ごすはずだったが、何故か彼だけは三年生とよく試合をしていた。もちろん、異例中の異例だ。僕はそんな彼の(特別なと形容詞をつけた方がいいと思うが)唯一の仲の良い友達として、見られていたので、僕自身も彼の恩恵に預かり、試合を度々させてもらっていた。そのことが、僕に対する部内の反感をかっていたが、その後のテニス部の問題に発展していくなどとは思ってもみなかった。

 中学二年の後期になり、テニス部の次期部長を決定するのに問題が持ち上がった。彼と僕のどちらも推薦されてしまったのだ。部内は彼の派閥と僕の派閥とそれ以外に、もともと一年の頃から僕を良く思っていなかった人間との三派に別れてしまっていた。

 事は、生徒の分裂問題だけではなく、先生までもが分裂し、争ってしまっていたのだ。今年の生徒は実力があるから、それを実績としてつみたいと思う先生と個人コ−チとして生徒につきたいと思うコ−チ達との間に亀裂が生じていて、事はクラブ以外をも巻き込もうとしていた。

 僕は嫌気がさし、ウンザリしていた。(取りあえず、面倒なことに関して首を突っ込む事も、関わることも願い下げだ)これ以上、彼と部長の座(僕は望んではいない)を争う形になっている事は間違えようもなかったし、何よりも面倒だったのだ。僕は彼と一緒にいられるから、入ったクラブだし、テニスが死ぬほど好きだなんて、理由もない。だいたい、彼が誘ったクラブだし、僕は美術部に入ろうと思っていたくらいだからだ。僕は部長になんかなりたくなかったし、彼が当然成るべきものだと思っていた。

 無論、僕と彼の間にそのことについて、議論や暴力的な争いはなかったし、話題になることもなかった。(ひょっとしたら、彼の方は業と避けていたのかも知れない)これ以上問題が拗れるのは、僕達にとってマイナスになるばかりだった。
 彼の取り巻き連中は、僕への嫌がらせを続けてくるし、コ−チと顧問の間で練習方法が食い違い、バラバラだったりして、二カ月ぐらい内部分裂状態が続いた。僕はとうに嫌気がさしていたので、クラブに退部届けを出し、サッサと辞めてしまった。

 突然、僕の退部という事態になり、クラブ内は、校長先生までもの登場となったが、僕に復帰の意志はまったくなく(未練なんてものは微塵もなかった)意志は変わらないという事がわかってからのクラブ内は平穏に戻った。彼がもちろんクラブの部長となり、県大会2位の実績を上げ、クラブの内部分裂という不本意な名誉までも一掃した。

 しかし、彼は僕が突然辞めた事への理由詰め寄ってきた。僕はただ笑って、『美術部に入りたかっただけだよ』と言った。しかし、僕は美術部には入部し直さず、帰宅部となった。
『テニスには未練はないのか?』と彼に問われもしたが、僕には全く無かった。

 むしろ、僕は彼とテニスをすることが重要であってそれ以外には全くといっていい程、興味など無いのだ。(テニスと言うより、同じ時間を一分でも長く共有していたい、という気持ちだった)その彼と部長などという、なんの魅力もないものを取り合って、争うなんて論外だ。僕を応援していた下級生、上級生やコ−チから、引き留める話合いが何度となく持ち込まれたが、一切、応じなかった。僕はそれ以来、テニスをしていない。(遊びや学校の授業ではあるが、公の場ではない)しかし、度々彼は僕にテニスへの復帰を促したが、最近ではあまり口にしなくなった。(一度言ったことに対して、強情なのは知っているからであろう)

 僕がテニスを辞めた理由を彼に話してはいない。その事が、僕に対して誤解を生んでいるのだろう。そして、彼は彼の実績を封印するように、テニスをしなくなった。
まるで、避けているかのように……。

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