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17) カミングアウト 〜前編〜

 授業の残り時間が半分程になった頃、先生は英語の朗読を始めた。『リンカーン大統領物語』少年時代から老いて亡くなるまでの話なのだが、彼はいたく得意気に話す。この話が好きなようだ。
僕は興味をそそられる話ではなかった(彼の授業で時間が余ると直ぐこの話をするので、何度聞かされた事か…)ので授業が終わった恒例のクラブ活動の事でも考えようとした。

 3ヶ月に一度、クラブ部長による部長会が行なわれる。主に議題になることは各クラブの収支や活動状況だが、九月下旬に行なわれる予算本会議の予行練習の様なものだ。(根回しが好きな人たちの考えそうな事だ)用意していた資料をもう一度見直そうとした。

  本来なら、クラブの部長が予算会議に出席するのが普通なのだが、この学校は違っていて、恒例で時期部長が予算会議に出席することになっている。ただ、根回しされた議題は本会議で決定されるので、これには3年生の本部長が最後の出席をして、締めくくるということだ。

資料については、一年の広瀬が用意する事になってはいたが、僕は自分自身の手で作成していた。どうしても自分でしなければ気がすまない質なのだ。予算会の資料については、予行練習しも予て一年の部長候補に作成させるのがシキタリの様になってしまっている。結局のところ、1年生のころから部長候補が用意されていて、エスカレーター式にそのまま上がっていくのだ。便利といえば便利だが…おもしろくもなんともないものだ。

僕は自分で用意してきた資料を出してきて読み返してみた。
暫くすると、前の席からメモ用紙が回ってきた。

『今回のこの朗読で何回目なんだ?数える気力も萎えるぜ。だがな、この朗読、試験にでるらしいぜ。噂によると別室に一人づつ呼ばれてリーディングのテストをするらしい。今まで、馬鹿にしてきた生徒に仕返しを、とでも思っているんじゃないか。まぁお前には関係ないか? by高橋』

僕は高橋のメモの余白に続けて返事を書いた。

『噂だろ?あの先生の平仮名英語でどうやってヒアリングするの?それより今日、予算会だけど資料は用意したか? by武上』

僕は目の前の席の奴に高橋に回してくれるよう頼んだ。彼は後ろ手にメモを受け取ると直ぐに何やら書きだし又、こちらに回した。

『おめぇ頭、腐ってるぞ? あいつがするわけないだろ! 2組の英語講師が代行するらいぜ! ハンサムなスティーブ先生だそうだ。予算会の事なら覚えてるよ。一年がちゃんと用意してるさ。それより今回の議長誰だ?』

『彼がテストやるの、冗談だろ?う ちの担当じゃないからな、知らない。琳なら知っていると思うけど…議長にはコネ効かないんじゃない?』

『言ってくれるね。藤村が議長だったら、お前からいっといてよ。弱小サッカー部に愛の手を、足をってな』

 そうこうしてるうちに、授業が終わってしまい終了のベルが鳴りだした。喋れば直ぐに済むものを、僕達は長々と手紙のやりとりに費やしていた。、高橋が僕の席の前の奴と変わり後ろ向きに椅子を変える様な形に座り、向かい合って続きを喋り出した。

「予算書は書いたのか?」          
「書いたのかってねぇ、書くわけないだろ! ……一年がやってるよ」
「相変わらずズボラかましてるな。出来ることはなるべく自分でしろよ。一年から愛想尽かされるぞ」僕がそう言うと愉快そうに笑いながら、
「生憎、俺には人望があるんだなぁ、これが…まあお前程じゃないがな」 
僕は『よせよ』と言う風に首を少し横に振るった。
「いくら慣習だからって、一応は用意……」と、僕が喋り出したとき、
「おーい、武上! 後輩が来てるぞ」
ドアの前の方で屯していた奴が僕に向かって叫んだ。
「構わないから入ってこいって言ってやってよ」僕はそう言ってドアの方を見た。
「失礼します、美術部の広瀬です」
「サッカー部の太田です」
二人の後輩が大きな声でそう叫び、教室に入り左隅の席に向かい合わせでいる僕達を見つけて進んで来た。
「あのぉ……」と、何か言いかけた広瀬を制して、
「そこの椅子を持ってきて座れよ。先生は未だ来ないと思うし」
と、言うと僕は隣の席とその前の椅子を指差し言った。
「ありがとうございます」と、小さな声で言うと椅子に腰掛けた。

 広瀬の身長は172センチ位で僕より少し小さいぐらいで、やや痩せた神経質そうな風貌をしていた。少し線の細い感じのするタイプだ。
対して一緒に連れだって来たサッカー部の太田は、肌の色も日に焼けていて褐色になっており、身長も僕より高く(高橋と同じ位ではないか?)全体的に脂肪が少ないが、均整が取れておりやや筋肉質のような体型をしている。体育会系には珍しく小綺麗にしており、上着の釦も全て留められてあった。

運動部員の多くは汗まみれになって、制服もきちんと着ていないものが多いが、彼は見るからに運動部員には見えず、どちらかと言うと文化部の演劇部員の様に見受けられた。
もちろん、長身と言うことを除けばということだが……。 

「広瀬、予算委員会の草案のことか?」
僕は彼のすまなさそうな態度を見て、草案が出来上がらなかったなと思い、なるべく落ち着いた声を出して聞いた。
「ええ、そうなんです。実は草案が出来上がらなかったんです。した事はしたんですが、あまり良い出来ではなかったので…もっと早く先輩伝えるできだったんですが言いそびれてしまって……」

出来るかどうかは別として、最初に彼と話した時に見られた、自信に満ちた態度は見る陰もなく、
どこか落ち着きのないおどおどとしたものになっていた。
「……広瀬、大丈夫だよ。草案は僕が用意したし、委員会の報告もきっとうまくいくよ、最初に言っただろう? 無理はしなくていいって……ところで、君の書いた草案は持ってきたかい?」
「……はい、一応」彼は涙声になりながら返事をした後、右手に持ってきた袋を差し出した。
「これ?今からじゃ時間が無いから、持って帰って見てみるよ。来年の事もあるし…草案の事は、明日またクラブで話合おう。大した事じゃないんだから、深く考え込むなよ、いいな?」

安堵した表情が見て取れたので、こちらの方も胸をなで下ろした。不安感から開放された広瀬の表情は高一とは思えない程のあどけない顔をしていた。そんな表情を見て、僕は軽く笑った様な気がした。

「おい、広瀬。お前の草案は、俺の草案より言い出来映えにきまってんだから、気にするこたぁないんだぜ」
高橋が僕の後輩に向かって、フォローしてくれた。

「……高橋……お前の草案じゃないだろ? 第一自分でやってないだろ? よく言うよ」
「俺が書いたとしたらの話だよ。書いた奴の方が書かなかった奴より、出来映えが良いにきまってんじゃん」
「論外だよ」僕は笑いながらそう言うと、高橋の顔が子供の様な顔をして笑っていた。

高橋の後輩の太田が、無造作にポケットに差し込んであった皺くちゃのレポート用紙を差し出し、
「高橋先輩、一応僕も草案書いたんですが、見てもらえますか?」と言った。
僕は彼を初めて見た時は、繊細そうに見えたのだが、皺くちゃのレポート用紙を差し出したのを見て、意外に僕の印象が違った様に思われた。
「おぉ〜有り難う、有り難う。流石は太田君だぁ、未来のセンターフォワードだ。
助かるなぁ…なんだったら、今日の会議お前が出てみるか? 来年の予行練習だと思ってさ」
高橋は彼から受けとったレポートを、見もせず自分の上着の内ポケットに仕舞い込んだ。                   

「……高橋、何度も言うようで嫌だろうけど、もっと後輩のやる事に気を使ってやれよ。来年の為だなんて言ってるけど、ほんとうは出席するのが面倒なだけだろ?そんな事ばっかりやってると、本当に愛想つかされるよ。お前みたいなチャランポランをよく部長に推挙されたなぁ」
 僕は、彼がクラブに気を使ってないなどとは思わないが、彼を慕って来ている後輩などを見ると、もう少し親身になっても良いような気がしてならないからだ。
しかし、高橋本人は僕の考えなど意に解さずといった風だった。
「お前が黙ってればわかりゃしないさ。明日の昼飯おごるからさ、武上、めーつぶれよ」
「食えない奴」と僕は彼に向かって言った。
「お前程ではないがな、俺だってちゃーんと考えてるんだぞ。それに人望だって少しはあるんだなぁ、これが……」
「……武上先輩は、誤解しています。先輩は、僕達サッカー部の事をいつも考えてくれていますし……僕は先輩を尊敬しています。草案の事だって、自分自身にかえってくることだから…今しておいた方がいいと思っているし……」
「あっ、いや、そのぉ〜彼を責めているんじゃなくて、なんて言ったらいのかなぁ…」
と、僕は珍しい事もあるものだと思った。僕は太田が、彼に対して言った言葉にこれ程の反応を示されるなんて思っても見ない事だったので、少々戸惑ってしまった。

「なあ、武上。俺も満更捨てたもんじゃないだろ?」と高橋。  
“ふっふっ”と変な笑いをしながら、悦にいっているようだ。
「お馬鹿」と僕はしたり顔の彼に言った。

「談合?」と、頭の近くから声がして左肩の方から僕の首を抱える様に手が回ってきた。僕は別段気にする風もなく(こんなことをするのは琳しかいないと思っているので)声がした方へ話しかけた。
「中身のない4人が集まったって何も出来やしないよ」
「どうだかな?」っと言って琳が微笑んだ。
僕の右肩の方にいる琳は、相変わらず秀麗な顔を覗かせていた。
「ところでどうしたの? こんな時間に来るの珍しいじゃない?」
「よぅ、今日は昼飯にこなかったな」
「あぁ、臨時の役員会があってね。野暮用ってやつかな」
「……臨時?」
僕も琳の答えが以外だったので、素っ頓狂な声をだしていた。 

「朝そんな事、一言も言わなかったじゃない!」
「だって、聞かなかったじゃない? 朝そんな話、喋った?」
琳は平然と答えた。
「……そりゃぁ、そんな事聞かなかったけど知ってたら教えてくれても良かったじゃないかなぁ〜と、思ったんだよ」
僕は少しふてくされ気味に答えた。その様子を見ていたのか、彼は先程見せた、からかう様な態度ではなく、優しく言い聞かせるように言った。

「別に大した事じゃないよ」と琳が言った。
「あぁそうだった、顔見たら忘れるところだった。林先生から、プリント預かったんだ。
『プリントを配って、終礼をして、掃除してクラブや会議に行く奴は、サッサと行く』って、伝言だよ」
「伝言って、どういう事?」 
「たまたま、保険室の前を通りかかったら呼び止められて密に伝えとけって言われたの。ただ、それだけ……」
「それだけって…どこか具合悪いのかな朝はそんな風に見えなかったけど…」
「お前が心配することないよ。ただの腹痛だろう。落ちてるもんでも食ったんじゃない?」
「まぁ、あいつだったらわからんな。ありうるぜ。脳味噌が体育してるからな」
「……二人とも、あのねぇ……」
「ところで藤村、お前今日のクラブ会議の議長誰だか知ってる?」
高橋が琳に向かって言ったが彼は何も言わずただ右手を自分の方に向け指をさしていた。
「えっ!嘘だろ?冗談も大概にしろよ」
「ついさっき決まったんだよ。予算会で議長をする予定だった福屋さんが病気で早退してしまったんだ。それで急遽、俺にお鉢が回ったってわけ。次席の宮田さんは、運動部の遠征の会議の方に出席するから抜けられなくってね。予算会は決まったようなものだから下級生でも出来るってことで、僕になったの。わかった?」
「……そうだったの? ふ〜ん」と、僕は関心があるように返事をした。
「何が『ふ〜ん』だ?えぇ?言ってみろよ」
「そんなに絡んでこなくったっていいじゃない? なんか嫌な事でもあった?」
「ふん、別に……」
琳は僕の言った事を気にしているのかどうか分からないが、いやに絡んできた。

「……福屋主席が早退したのか……」高橋が不安げな声で呟いた。
「具合は別段悪くないみたいだがな」
「……藤村、お前本人に会ったのか?」
「いいや、宮田さんが主席に具合が悪そうだから大事をとって帰宅した方がいいじゃないかと、進言したそうだ」
「……そうか……」高橋の声は不安そのもので、その声は震えていた。
「……高橋、気になるのか?」
琳の声は高橋とは対照的と言っていいほど冷静の様に思われた。
「俺がか?」高橋は何故か挑む様な眼で、琳を見据えていた。
「あぁ、他に誰がいる?僕や密が気にする事……ではないだろ?」
「まぁそうだよな、お前達じゃない。俺だ。凄く気になるよ。胸が締め付けられるように……息も出来ないくらいにな……」

高橋がそう言うと、琳と高橋の態度が逆転した様に見えた。高橋は頭の後ろで抱えるように両手を組み、椅子にもたれ掛かるようにしてこちらを見つめていた。僕の後ろにいた琳は僕の首に回していた手を解き、左手を肩の上においていたが、徐々に力が入り僕の肩だけでなく心の中まで圧迫していく様だった。

 狼狽えているのは僕だけで、当の会話をしている本人たちは冷静というか、冷めた感じだった。ただ、この意味を理解しているのは僕と当の会話をしている3人だけだろう。雰囲気は最悪だった。
「……僕にも知らない事があるんだな。いつからだ?」
「未だ誰にも話してい。今、初めてさ」
「この間、家に泊まった時は何にも無かったよな」笑いながら琳が言った。
「当たりまえだろ、俺にも理性はあるさ。それに、押し倒されるのは趣味じゃない。押し倒すんだったら、密を犯ってるよ」
 高橋のニヤついた態度が僕を一層不快にさせた。琳が押さえつけた怒りにも似た感情を高橋に注いでいるのが側から見てとれたが、意外に彼の声は静かそのものだった。
「……で、カミング・アウトするのか?」
「いつでも、準備は出来てるさ」
僕の不安は的中した。
『カミング・アウト』この言葉だけが、繰り返し僕の頭の中を駆け巡った。

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