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35) 難問に単純な答えの明快な理由

 琳は至極満足げで、勝ち誇ったように微笑をその表情に湛えていた。
僕は多分、困った顔を晒していたに違いない。
それでも琳は特に何も言わず『ほら、携帯! 取ってよ』と指で場所を指し示した。
僕は返事もせず、取って渡そうとすると『違う、違う』と言って怪訝な顔をした。
「俺じゃないよ、使うの。ホラ、早く伊織田に電話して?」と言った。
「……なんで?」
「何で、って……今、しないで何時するの? だから今、ここで連絡すんの!」
「……」
「遠慮すんなよ、個室なんだし、誰もきやしないよ。何、その顔? 嫌なの?」
「い、嫌じゃない……けど、何でまた、今なの?」
「俺のものでしょ? 密は。共有するなんて、真っ平御免だね。まぁ真理子はほっときゃいいさ、あいつとはいつでも別れられるでしょ? 大体、恋愛って感じじゃないしぃ。問題は、伊織田。……言い寄られてんの知ってる」
「……」
「ほぉ〜らね?  中りだぁ」クスクスと琳が笑いだした。
そんな彼の様子を見て、僕はいたたまれない気分だ。

「何で知ってるの、伊織田とのこと?」
そう琳に聞くと急に真顔になって僕を見つめてきた。
「……随分前に本人から聞いた。『お前はお前、だから俺の邪魔はするな』って凄まれたよ」
「そんなこと……」
「ふん! 今は俺と伊織田のことなんか、どうでもいい。それに密が打ち明ければ話は簡単だろ?」
「簡単って… …そんな訳」
声は段々とトーンダウンし、僕は顔をまともに見ることは出来ずにやや俯いていた。

「俺、知ってるよ」
「?」
「……密が俺のこと好きだって……でも、命令した方が楽だろ? 密にとってそれが一番良いんだよ」
「!」
「密が色々思い悩んでいるのを知ってたけど、それは俺がどうにかできる問題じゃないから歯がゆかった。俺のこと好きなクセに無関心な振りしてるのが……ほんと、馬鹿だなぁって、ね」
「……」
「知ってて知らないフリをするのが辛かった。いつまで待てば俺のとこに落ちてくるのか不安でいっぱいだったけど、こんなことが起こって心底肝を冷やした。だからもう待たないことにしたんだ。頑固者に付き合ってるのも限界だし、そのうちジジイになっちゃうよ」
琳はおどけた様な物言いで笑った。
僕は何時まで琳の優しさに胡坐をかいているのだろう。
そして、認めたくないことと向き合う時が来たのだと知った。

「自分に正直になって何か失うものがあるの? 秘密にするのってそんなに大事? 俺より?」
「……そんなんじゃない」
「じゃぁ何? 言うべき時は “今” だよ。これ以上は待てないし、待つ気もないけどね」琳の顔から笑顔が消えた。
「ねぇ、何が密を縛っているの? 金の件? 男同士ってこと?」
「…僕は……い、言えない……ご…」
「謝るな!!」
「……」
「そんなことで謝られたって納得しないし、卑怯だ! 俺もはっきり言ったよ? 密が好きだって、密が欲しいって。
誰にも渡したくない。……だから、今考えてよ。 そして答えて! もう逃げ得は許さない」
琳の口調も、目の光も、強い調子で揺ぎ無い決心を湛えているようだった。
それは、僕を逃がさないと強く望んでいるものであって、僕はもう引き返さないところにいるのだと知った。
暫く黙ったままだった琳が先に口火を切った。

「……腹、括った?」琳の剣呑な表情に僕もその時が来たのだと思った。
「ず、随分、琳のお父さんからは援助してもらってる。住む費用や授業料だって…。それに父さんの借金も肩代わりしてもらったし……お金がかかってしまって」
「でも、親父さんの借金は母さんが働いて返してるだろ? それにもう直ぐ完済だっていってたじゃん。それ、聞いたでしょ?」
「うん、それはそうだけど……でも、僕の生活も…」
「生活費ってこと? それは “俺のお守りをしている報酬” だろ? ちゃんと働いて返してるじゃん」
「働いてるって……僕は生活してるだけで、その全てのお金は……」
「親父が出してるけど、その全てが密の借金なわけないだろ? 俺も生活してるんだぜ。本当に借金してるって思うのなら、出世して倍返しすれば良い。それぐらいできるだろ?」
「そんな、簡単に」
「はい、解決! 簡単だよ、難しく考える密が悪い。最終手段でオヤジの会社に就職して “お礼奉公” すれば? 
……くまでも最終手段だけどね」
「……そんな風に考えたことなかった。いっぺんにはムリだから毎月きちんと支払おうって……」
「何それ? 今時、流行らないよ『蛍雪の人』だなんて。で、次の問題は?」
「次っ……て、未だ解決したわけじゃ」口篭る僕を無視して琳は先を急ぐように言葉を投げかけてきた。
「男同士だから?」
「……」
「ねぇ、会話してんだよ? ダンマリは……可愛すぎて反則! ちゃんと言ってよ」
「『可愛い』ってなんなんだよ……」
琳はクスクスと緊張感のない笑いを漏らしているにもかかわらず、目は笑っていなかった。
「金を借りてる男の息子に恋したことが、イケナイことだと思ってるから『うん』って素直に返事ができないの?」
「……相変らず、直球だなぁ…」
愚痴を言っても始まらないが、琳の言葉は直球すぎて自分が思っていた事態は、さして深刻ではないような気がしてきた。
「ねぇ、もうダメだって言ったじゃん。男同士ってそんなにネック? じゃないよね、密ってヘンなとこ拘ってるけど、男同士ってところじゃないよね?」
「……」
僕はひたすら押し黙るしかなかった。
琳は的確に僕の内面をつき、次々と僕を裸にしていくようだった。
しかし、不思議と苦痛を伴うことだと思っていた事実は、奇妙な高揚感を伴って僕を戸惑わせた。

「返事、くれない? 命令されなきゃ、言えない? 『好き』って言うだけだよ?」
僕の方が情けないはずなのに、琳の顔の方が情けなく、子供のように返事を強請ってきた。

「言ってもいいのかな?」
僕は恐る恐る今にも消え入りそうな声で言った。
琳は僕の言葉に過剰反応を示すように大きく目を見開いた。
「僕は自分の気持ちを正直に言ってもいいのかな?」
再度、僕は驚く琳を見据えてそう言った。

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