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12) 不純同性交際の勧め - 中編 -

「“不純同性交際”か、言い替えて妙だね。君と、映画を見たり、ただ、会って喋ってみたりって事? ……今と、どう違う?」
伊織田は左手で煙草を口から離した。
「あんまり、変わらないかもしれない。…今と、ね。……よかったら、向こうにでも行って、座らないか?」
伊織田は、意を決したような表情で、僕に有無を言わさず公園の中のベンチへ誘った。
「お互い、知っているようで、そうじゃないって思う。だから、もっと、ちゃんと付き合うってこと、それから……まぁ、キスなんかもありかなって思うんだけど…どう?」 
伊織田の恥ずかしそうな表情は、服装や見かけとは不釣合いだったが、これが彼の本来の姿なのだと思う。

「同性同士の恋愛は存在しない? ……無論、肉体関係も?」
僕は彼の質問には業と答えなかった。
「僕と君とが、ってことだよな…」
「そう、俺とお前。他にいるか?」
「伊織田は他に付き合っている奴はいないの? ……そっちの学校の奴とかさぁ」
「…いない、ってことにしてくれる?」
「?!」
「…わかったよ、今はいない。一カ月位前まではいたけど、別れた」
「一カ月?」
「うっ、うぅ〜ん、にっ、2週間位かなぁ」
「相変わらず、いい加減だなぁ」
「まぁ、そう言わず、ねっ。べつ〜にぃ、俺が好きで付き合った訳じゃねぇし、言い出しっぺは向こうからだ。……それに、お前に似てたから…」
「僕に? ……それは、まぁ気の毒に」

「誰が気の毒なんだ?…付き合ってた奴ねぇ、お前に雰囲気や仕種が似てたんだ。ちょっとした仕種がさぁ、そう思ったら『うん』っていっちゃったんだよ。…武上は、付き合ってる奴いないの?」
「…今更、何、改まっちゃってるの? 『ひそか』で呼び捨てでいいよ。それに僕は今の所、フリーだよ。あっ! ……ごめん、いる」
 この時、どうして僕は彼女の事を彼に話そうと思ったのだろうか?
 黙っていればいいことだったのに…。

「えっっっっ?」
伊織田は急に僕を見下ろすように立ち上がり、銜えていた煙草を落とした。
「驚くことないだろ“彼女”っていう定義には、僕の場合、当てはまらないかも知れないけど、そうなると思う」
「かっ、彼女って……」
「ビックリする様な事? 僕に彼女がいたら変なわけ?」
「…いやぁ、そんなんじゃぁ…でも」
「ちゃんと説明するから、座れよ」
「…あぁぁ」
「僕の場合は、援助交際に近いかもしれない。彼女っていうにはおこがましい気がする」 
「えっ援助交際ぃ?」

「はぁ〜、まぁ、最後まで聞けよ。彼女は年上で、仕事をもってる。それなりに地位もあって、いい暮らしをしてる。でも、だからって僕が、躯を売って、生活費をもらってるってわけじゃない。デート代は僕が学生だから『支払わなくていい』って事になってるだけだし、彼女から高価な物なんか貰った事もない。誕生日に時計は貰ったけど…彼女自身、僕の事を『彼氏』だといってはいないよ」

「…どういうこと?それに、そのこと、琳は知ってるのか?」
伊織田の声のトーンが低くなった。
「知ってるよ、電話も掛かってくるし、会った事もある。彼女の方から『僕に付き合わないか』って言ってきたんだ。彼女の口癖は『好きな人が出来たら紹介しなさい』だ。多分、彼女は僕のパトロネスの様なものなのかもしれない。僕が『別れたい』って言えば、いつでも後腐れなく別れてくれると言う。それに、彼女は僕の他に知ってるだけでも、5人の恋人がいるんだ。……男もだけど、女もね」

「いっ、えっ、なんでもこいか?」
「うん、まぁね。……彼女は、僕を彼氏ってものじゃなくて、別のものの様に感じているらしい。
……昔の彼女自身を見るようで嫌だとも言った事もある。だから、彼女と僕は対等ではないんだよ。付き合っているという定義に無理矢理ハメ込んでいるから…。ある意味で、このことは、酷くフェアじゃない。その状況に甘んじている僕は、彼女を傷つけているにもかかわらず、だ。…酷い話しだ」
いい終えると、深くため息をついた。

「…それは彼女が望んだことだろ?まぁ、お前もその状況に甘んじているんだけどな、お前が悩む事ないんじゃない? けど、躰だけの関係ってのになる?」
「うぅ〜ん、まぁね。だけど、僕の立場がどうあれ、彼女と僕の問題はそう言う事じゃないよ。事が簡単に割り切れるんだったらいいんだけど」
「じゃぁ、どうしたいんだ? ……別れられる?お前にそれが出来るのか?
 結局のところ、お互いが、そのぬるま湯的状況を抜け出せないでいるんだろ?お互いの傷を舐め合ってるなんて、マゾだよ」

僕は彼の言葉にビックリして、彼を振り返って見た。
「そんなに驚かなくても…責めてるなんて思わないでくれよ。俺だって人に言えた義理じゃねぇからな。ただ、彼女とお前がそのぉ、なんだぁ、好き同士で付き合ってるんじゃなくて、ホッとしたら、虐めたくなっただけだよ。まぁ、付き合ってる奴がいたって事に対する単なる嫌がらせだ」
「嫌がらせねぇ…けど、図星だ。僕達は愛し合ってなんかいないんだろう。多分、お互い、自分自身を一番愛している者同士、傷を嘗め合って諫め合っているのさ」

今まで自分の中に燻り続けた事実の火が大きく燃え上がった様だった。
『僕と彼女は好き同士だ』そう、思い込もうと、自分自身に納得させてきた。
これからも、そうだろう。
「…ごめん…」
伊織田がすまなさそうな顔をした。
「如何して? 謝るのは、こっちの方だよ。…がっかりした? 君の思っていた僕じゃないだろ?
…僕は聖人君子じゃない」

 僕は人からよく言われることがある。
『大人しくて、物分かりが良くて、しっかりしてらっしゃる』とか、『お行儀がいいわ、手のかからない子ね、男の子なのに優しいのね』などと言われ続けた。
自らそう言われることを望んでいたのに、心は重く苦しかった。
『違う、僕じゃない。僕はそうじゃないんだ。本当の僕を見てよ!!』
そう、心の中で叫んでいたけど、現実に口から出てくる言葉は『わかったよ、一人でも大丈夫だよ、ちゃんと出来るさ』と、随分とかけ離れた言葉だった。もっと素直になろうと、何度も、何度も思うのに、いざその時になると、呪いの言葉でもあるかの様に口は固く閉ざしてしまう。

 以前はそんな自分に嫌気をさしたが、今ではすっかり諦めてしまった。
ただ、心の奥く深くでは、そんな自分を救ってくれるものを、強く求めている自分を知っていた。僕が僕らしくあるために…。
 伊織田は僕にクシャクシャになった煙草を勧めながら言った。
「聖人君主ねぇ、俺は神様とセックスしようなんて思っちゃいないぜ。
 お前って奴は…そんな事、どうでも良いことだ、俺には関係ねぇ。
お前が喋らなければ知りえなかった事だし、それとも、断る口実を言ったつもり?」
 僕は彼から貰った煙草に火を付けながら、人気のない公園を見回した。

「…口実だなんて、君は僕を買いかぶりすぎてやしないか? 僕は君が思っているほど、純真ではないし、むしろ、悪意に満ちている奴かも知れない。打算的で傲慢だ。君に彼女の話をしたのも、もっと違った計算をして話したのかもしれない。そうは考えないのか?」
「待てよ、論点がズレてやしないか? 俺はお前の性格をどうのこうの言うつもりはないね。俺はお前が言う程、お前の事を買いかぶってやしないぜェ」
彼はそう言って公園の角のほうにある砂場を眺めながら喋っていた僕を、自分の方へ強引に振り向かせてから言った。
「お前の方こそ勘違いしてやしないか?」
「?」

「俺はお前に天使のように、純粋でいてほしいなんて思ってやしない。まぁ、天使が純粋かどうかは知らんがな。俺は琳の様にいつも傍にいるわけじゃない。本当は、何時も傍に居たい、お前の側にいるのは俺だけにしたいんだ。独占欲は人一倍強いと思うが、お前の嫌がることはしたくないんだ。それに、俺は今まで待ったんだ。お前と初めて会った日から告白するその日を、今の今まで待ち続けたんだ。断る理由に、自分の性格や彼女との恋愛の事を持ち出さなくてもいい、本当の事を教えてくれ」

 真摯な伊織田の眼が僕の捕えて離さない様に思われ、次に話さなければならない言葉を模索した。
「……男が男に告白するのは、まずいって思ってる?男が男を好きになっちゃいけないって思ってる? ……男同士の恋愛は友情の勘違いってやつだとでも、思ってる?」
 『わからない』僕の答えはこれだけだ。
彼に伝えなくてはと思うが、声は出ない。
 そして、心と裏腹な言葉を喋る自分がいた。
「そのことについて、僕は答えたくない。触れたくない話題だ。出来るころなら、一生触れずにいたいこと。卑怯者だと蔑んでくれて結構だ」
「…誰も卑怯者だなんて言わない。お前の気持ちが判らないわけじゃないから」
「……」
「……彼女と付き合うのは何故なんだ? 彼女は女だからか? 俺は男だからか? 彼女はお前に何をもたらしてくれるんだ。 彼女の存在は、彼女がお前をお前足らしめてくれるのか? 俺じゃ、ダメなのか?」
(伊織田が僕を救ってくれるのだろうか?)

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