眉間に皺を寄せて眠る琳の傍にいても僕の気持ちは一向に晴れなかった。憂鬱な気分が増すばかりだ。ベッドに横たわる彼をみれば尚更だ。
なんとか琳を車に乗せて病院まで連れてくると、玄関には龍司が僕たちの到着を待っていてくれていた。
それから先は……殆ど覚えていない。
看護士の人達が琳をストレッチャーに乗せて連れて行ってしまってからは、ぽっかりと穴が開いたようになってしまって僕はその場に座り込んでしまった。
そして気がつくと、待合室のイスに腰掛けていた。
心配そうに覗き込む龍司の顔色がやけに白く見えた。
「お前は大丈夫か?」
「…うん、僕は」
「そうか」
そう『僕は』大丈夫だった。でも琳は違う。
こうなったのはどうしてだろう。
何が悪かったのだろうか?
何がいけなかった?
僕の注意が足らなったからだろうか?
「……密?」
「…なに?」
「琳はどうしてあんなことになったんだ?」
龍司が困ったように聞いてきた。言いにくそうだ、と思った。
苦しくて顔を歪めながらも僕に誓わせた琳の言葉を龍司に言った。
「……彼と、ケンカして別れた」
「……」
「そしたら、彼が追ってきて……ぶつかったんだ」
「ぶつかった? …誰と?」
「…知らない…声がして、振り返ったら…琳と知らない男たちが路地に入っていくのが見えた」
「……」
「…行ったら……琳が蹲って…」
「…わかったよ、もういいから」
僕は平気で嘘をついた。
龍司は僕が緊張で震えているのを勘違いしていたんだろう、怯えているように見えたようだ。
「場所は?」
「…覚えてない」
「覚えてない?」
「ケンカして、飛び出して走って逃げたから…」
『ふ―――っ』っと息く吐き出す龍司をわき見しても、決して顔を見ずに足元を見つめ続けた。龍司は『疲れただろう? 琳はもう大丈夫だから、帰って休みなさい』と言った。
僕は琳と離れる不安からやや大声になり「嫌だ! ここにいる」と叫んだ。
結局、何を言っても無駄だと思ったのか、龍司は病院に泊まれるように手配をしてくれて、僕は琳の個室に簡易ベッドを持ち込んで休むことができた。暫くして、母が勤務先を抜け出して僕たちの病室にやってきた。僕は何も言わず母に抱きついて押し黙ったままでいた。
母は何も言わずただ、「大丈夫だから、心配しなくていいのよ」と言って頭を撫でてくれた。僕は母の行為に又、涙をあふれ出しそうになっていた。
―――『いいな、密。 誰に聞かれてもこう言うんだ…ケンカして逃げたら、俺が絡まれていた。
路地で刺されて、相手は逃げた、と』
―――『そんなこと…』
―――『俺の言う通りにするんだ、絶対。顔も見なかった、と。何も知らない、と言え……誓え、密。俺を裏切るな』
『裏切る』…? なんだよ、それは?!
裏切るだなんて!
僕が琳を裏切るなんて…そんなことできるはずはじゃないか?…だけど。
「…でも…」
これでいいはずがないじゃないか。
なぜ、琳が何もかも被らなければならないんだ?
自分が悪いと判っているのに。そう思い、反論しようとすると、眉を寄せて悲痛な表情をした密がさえぎるように言った。
「密…この腹のキズはどうして出来たか知っているな?
だったら、俺の言うとうりにしろ。…俺に負い目を感じるなら俺の言うことを聞け!」
彼の顔を見ると、眉間に皺を寄せて僕より青い顔をした琳がいた。
すると、琳は僕に手を伸ばし、頬に触れた。
「…泣くな。刺されたのは俺だ、お前じゃない。…お前が痛がることはないんだよ」
「…いいよ、言う通りにする。僕は琳の言うことなら何でも聞くから」
その時、僕はそぐわない琳の笑顔に安堵した。