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24) ジレンマ

一日が何事もなく過ぎようとしていた。
ホ−ムル−ムは担任から期日の迫った実力考査の事についての注意事項だった。
「えぇ〜、今度の実力考査だが、前回に引き続きぃ……」
担任の声は僕の頭の上を素通りしていった。僕は先生の言葉も上の空状態で、『早く終わればいいのに』とばかり思っていた。ふと、気がつくと担任の先生が、僕を呼んでいるのに気がつき慌ててしまった。

「はい! あの〜何か?」
「武上、大丈夫か? ぼけっとして……三浦先生から頼まれたんだが、前回の授業で出された小論文のノ−トを集めて図書室へ届けてほしいそうだ」
「……はい、判りました」
「じゃっ、以上で終わるが、小論文のノ−トを武上に提出して帰るように」
「……起立っ、礼ぃ、さようなら」
担任の先生が教壇から降りて教室を出ていくまで僕はなにげなく、先生を見つめていた。
「武上〜はい、ノ−ト置くよ」

 口々に僕の名を呼びながら机の上に沢山のノ−トが山積みされていった。僕は庶務の関口に声を掛けた。
「わるい、関口。教壇の上の名簿を取ってれる?」
「……ほいよ」関口は身体を伸ばして出席名簿を取ると、後ろにいた他の生徒に渡していた。

名簿は次々に人の手に渡り、僕のもとへ来た「ありがとう、関口」僕は前にいる関口に向かって礼を述べると、彼は振り返りもせず、左手だけをふって答えた。
僕は出席簿を開け、ノ−トに書いてある名前をチェックし、提出している人間とを照らし合わせていった。
「たけ、がみぃ〜、なぁなぁ……」
「……なんだよ?」
僕は話しかけられた相手も見ず、ノ−トと格闘していた。
「つめてぇなぁ〜、ねぇ、聞いてよぉ」
「……はぁ?」僕は仕方なく手を止めて、顔を見上げた。
「陣内のノ−トは?」
「はい、これだぁ!」
「……で、なに?」
「なにって、わからないかなぁ? かわいい僕がこまってるのが……」
「……悪いもんでも拾い食いしたのか?」
「なんでだよ?」
「ホ−ムル−ムは終わった?」
別の声が右肩の方から聞こえ、僕の両肩を暖かい手が捕えた。
「あぁ、そっちも早かったね」琳は僕の斜め前のところ移動した。
僕は優しい表情のした彼の顔を眺めた。

「……何か用事があるのか?  部活?」
集められたノ−トをきちんと机に積み直して見上げると、少し表情の暗さが見えた琳だった。
「いや、提出物のノ−トを図書室にいる三浦先生のところに届けに行くだけだよ。今日の部活は、見に行くだけにしようかと思ってるんだけど……琳はどうするの? たしか、“ラケット”に行くって言ってなかった?」
「……あぁ、“ラケット”の予約は遅めに変更したんだ……」
「……そう?」僕は彼の言葉に何か煮え切らないものを感じた。もうすこしで提出人数をチェックしおわりそうだった僕は手早く済ませようとした。

「……何か気になることでもあるの?」
「いや、そうじゃないけど……」
「?」僕は彼の煮え切らない態度が次第に気になりだした。
「なぁなぁ、取り込み中悪いと思うんだけどさぁ、武上、ノ−ト貸してよ」
「ノ−トって、どの?」
「英語だよ、昨日と今日の分だよ」
「なんだかなぁ、授業中ってなにやってんだよ?」
「……いろいろさ」僕は自分の鞄から英語のノ−トを取り出した。
「はい、ノ−ト。持って帰っていいよ。明日必ず、持ってきてくれるならね」
「さんきゅうぅ。ちゃんと持ってくるって……間違いございませんっ」
「陣内君、ノ−ト貸す変りにお願い聞いてくれる?」
琳は僕の手の中にあった英語のノ−トをさっと、取り上げると自分の右肩の上でブラブラと翳しながら言った。(僕のノ−トをダシにして、何言ってんだかなぁ)不敵に笑う琳は 陣内に詰め寄った。
「どう?」
「ほほぉ、藤村君。それは君のノ−トかい?」
陣内は慣れない口調で琳に言った。
「僕の物は僕の物、密の物は僕の物だよ」
片方だけの眉毛をキュッと吊り上げ、フフフと笑い、陣内に追い討ちをかけた。

陣内は暫く考えてから意を決したように言った。
「うぅ〜むむむ……英語のテストが迫っているこの現状を鑑みるとぉぅ」
「そうだ、良く考えろよ。密の成績は学年で5番だったぞ」
(この間もテストは君がトップだろ?)
「……5番の僕より、トップの琳のノ−トを借りたほうが、いいんじゃない?」
僕はこの不毛な会話に終止符を打って早く、図書室に行きたかった。
「陣内、下手な考え休むに似たりって事知ってる?」
「……で、条件は?」
「簡単、簡単、密のノ−トを図書室の三浦先生まで代わりに届けてほしいんだけど」
「……それだけ?」
「そうだよ。誰だって一緒だろ? 届けさえすれば、さ」
琳は陣内にウィンクをして見せた。彼は最後に言った台詞は辺りに気を配りながら、僕の耳元で囁いた。 

陣内は琳が持っていた僕のノ−トを素早く奪い去ると、得意満面な笑顔をつくった。
「そんじゃぁ、俺、行ってくるわ」
陣内は僕の集めたノ−トを片手に抱え、の鞄をもう一方の手に持ち、そそくさと行ってしまった。僕は彼の背中に向かって叫んだ。
「陣内、わるいィ!」 
陣内は僕の声が聞こえなかったように、何もリアクションすらするでもなく、教室を出ていってしまった。

「……いいのかな?陣内にわるいなぁ」
僕は自分の仕事であるはずのものが、彼に押しつけた様な形になってしまった事が気になっていた。
「陣内はお前のノ−トを借りたかった。それは、今度の実力考査の為に、だ。だが、只でとは虫がよすぎるとは思わないか? ……リスクはそれなりに付き物だよ」
「に、したって……」
「金を出せ、なんて言ってる訳けじゃない。……お前が拘わる理由なんてないだろ? 図書室で三浦の野郎と乳繰り合うつもりでもいたのか?」
「……んな訳ないだろ?! どう言う事からそんな憶測をするんだい? ……邪推だ!」

僕は彼を睨み付けた。煮え切らない態度や、嫌に絡んで邪推までする彼の事を訝しんだのだ。彼はただ、僕を少し悲しそうな目で見つめていて、言葉は口にしなかった。僕はこの時、彼の態度の変化を判ってやるべきだったのだが、僕のイライラは最高潮に達していて、彼の事を思いやる事が出来ずにいた。

僕は急いで持ち物を片づけ、椅子の背中に掛けてあった上着を取り、教室を出ようとした。どこに行くわけでもなかった。ノ−トを届ける用事は無くなってしまったし、元々、今日のクラブは出席をするつもりも、なかったのだが、行くあてがなかったのでクラブにでも行こうかと思ったりした。

琳は僕の名を呼びながら引き留めようとした。
「密! 密! 悪かった、な? 俺が……いや、僕が悪かった」
彼は僕や高橋などホンの限られた人間の中でしか自分の事を『俺』と言わない。彼は優等生で通っているし、本当の『彼』を表に出すことはないのだ。

校内では常に注目されている存在だし別の自分を造り出さねばならぬ彼なりの事情の結果かも知れない。今は校内の廊下で、未だ他の生徒も大勢残っている。彼が自分の言動を訂正しても、その理由は僕には理解できた。しかし、僕はその事を理解していたにも関わらず、何故か苛ついていた。僕は彼に返事をすることもなく、ただ睨めつけていた。
「……悪かったって言ってるだろ?」
彼は小声で言った。
「……」僕は、彼の声が聞こえなかったフリをした。
「……来いよっ!」
彼は突然、唸るように言い放ち僕を引っ張って人気のないところまで連れていった。多少、声を荒げても誰もいないところ、つまり立ち入り禁止の屋上がベストだと彼が判断したのだ。
屋上には生暖かい風がゆっくりとした感じで流れていた。
屋上
「……さっきのことは、俺が悪かったよ。謝る……ごめん。
言いすぎた……けど、お前だって俺の事、邪推した事なかったって言えるか?」
「?!」
僕は降って湧いたような彼の質問の意味が飲み込めなかった。
「……なんの事?」
僕は眉間に皺が寄る程、彼を睨んだ。
「……この間の電話の件だよ。苅田っていったかな? 俺に電話がかかってきたとき、俺は知らない奴だって言ったぜ? なのに、お前ときたら『街で引っかけた男じゃないのか』って言ったんだ……覚えてないなんて言わないよな?」

 確かに、僕は彼の電話を訝しり、あの日曜日にそう言い放った事を覚えている。(忘れることなんか出来やしない)思いも寄らなかった事が次々に起きてしまって、僕と伊織田の複雑な関係までできてしまっていたのだから、忘れるはずもない。
「……あれは、邪推以外の何ものでもないんだぜ……そうだろ?」
「……君が言うんだから、そうなんだろ」
(……何を言ってそう言うんだ?)
苛々した気分は納まるところをしらず、彼の声にまで、苛ついてしまいそうだった。
「……そうなんだろって……」
戸惑い気味の声の割りには、彼の表情は眉間に皺を寄せていた。
「あの時のことが、そんなに気になるんだったら謝るよ。……冗談のつもりで言っただけなのに、ここまで根に持たれるなんて思わなかった」
「……お前…勘違いすんなよ!」
僕は彼の言葉の意味が判らなかった。
「俺が、ただ謝ってほしいからお前に言ってると思ってるのか?」
琳は上目づかいで僕を見た。
「……じゃぁ、なんだい? 『邪推』って言ってるのは君だけだ。もし、君の言っている事が本当の事だとして僕が邪推したとしても、何時もの君の生活態度から察すれば、そう思われても仕方がないんじゃないか?」
「お前の邪推の原因は、俺の生活態度のせいだとでも?」
「……そう、思われても仕方がないって事だよ。自分の言動で君に不快感を与えてしまっていたのは僕の落ち度だ。……悪かった、謝るよ。 ……これで、いいんだろ?」
「…………」琳は黙ったまま返事をしなかった。
いつもと違った琳の態度は僕に一層の不快感を与えた。琳の言動が鬱陶しくて、反論する気さえ起きなかったので適当に終わらせようと思った。言葉の上で、僕は自分の否を認めよとした。 

「悪かったよ、謝る。君を誤解した事……君の気分を害した事も、僕が悪かったと認める……」
「…………」琳は僕を睨んだまま、だんまりを決め込んでいるようだ。
「君の“だんまり”は僕の謝り方が悪いって言いたいのか?」
「……けっ、何言ってんだか! 俺がそんな事に拘わっているとでも思っているのか」

「……君の言いたいことが僕には理解出来ないね」
僕は自分のペ−スが乱れていくのが感じらた。
「『理解できない』って何、スカシてんだ!」
「いい加減にしろよ! 人の言葉尻をとって反論するなんて、おかしいんじゃないか? 僕は僕で謝ってるんだし、君だって僕に謝ったんだろ? ……それでいいじゃないか。言い争いをする必要なんてどこにもないよ?!」

「……謝れば済むことだとでも?」
「下らない事を蒸す返すのは止してくれ! 琳はなんだってんだ? 僕が言った冗談は君の邪推よりも、質の悪いことだって、頭を下げろとでも言うのか? ……琳こそ、言いたい事があるんなら、サッサと言えよ!」 

 このまま、事が平行線辿り続ければ、僕達は久々に掴み合いの喧嘩を始めるような雰囲気が漂い始めた。体格や経験から言うと僕の方にハンディがあるのは目には見えている。お互いの腹立たしさは納まる場所を見いださないでいたので、このままケンカが始まってしまそうだった。

「この間の電話の一件からお前の態度がおかしいって思ってる……」
「……おかしい、僕が?」
(確かにその通りだ。電話の一件の後、伊織田との事があったのだが、僕はそのことに関して気を配っているつもりだったが、彼には気づかれていたのか?)
「あぁ」      
「……馬鹿なこと言って」
自分が原因だと判ってはいるが、今は僕の方も頭に血が昇っていて彼を思いやっている事なんて出来はしなかった。
僕は吐き捨てるように言うと、琳は突然僕襟元を締めるようにして引き寄せた。
「……もう一回言ってみろよ……」
僕の方も、首を締められる形になってしまったものだから、反射的に彼の襟首を掴んでいた。

「何が言いたい? ……ハッキリしろよ!」
「何度でも、言ってやる!!」
「なんだとぉ?!」
事態は最悪状態で、僕達は何年ぶりかの掴み合いの喧嘩を起こし始めていた。
「……馬鹿なことは馬鹿なことだ!」
「なにぃ?!」
「たかが冗談に、マジになるなっ!」
「……冗談?」
琳の目はかすかな涙で濡れているようだった。         
「お前の方こそ、電話の奴の事が気になるんだったら如何して俺に聞かねぇんだ?『奴は誰だ?』って、聞けばいいだろ?! お前は何時だって、俺に聞こうとしないじゃないか!  三浦の事だって、デタラメかどうか判ったもんじゃねぇ! ……クソッ!!」

 琳は手持ち無沙汰の様に、カッタ−シャツの袖口を仕切りに触っていた。本当にそう彼は思っているのだろうか? いいや、そうじゃない。『冗談』だと言われた事への落胆からか?
彼の苛つきの原因は僕には判らない。けれど、彼に僕の事をこうまで言わせてしまったのは根本的に僕が原因だと思う。彼に向けての言動は実は自分に向けられていて、己自身をも傷つけているにもかかわらず、だ。

灰色の地面から乾いた風が舞い僕達に吹きつけたが、衣擦れの音が舞い上がった風の中から聞こえてきた。二人だけがこの場所にいるとばかり思っていたが、どこか近くのコンクリ−ト部分を擦るような音がした。

(……人の気配?)

琳と僕は音と気配のしたところを振り替えって見ると冷却塔の陰からノソリと人影が現れた。
「……聞きたくて、いたんじゃないんだけど……出るにでれなかったんだ」ボソボソと呟きながら、照れたように現れた。琳は厄介事が増えたとばかりに、眉を潜めた。 
「……」
僕は現れた人影に掛ける言葉もなく黙ったまま見つめていた。
「……悪りぃ……」          
最初からその場にいた、人影が悪い訳でもないのに、彼は僕達二人に恐縮していた。
(岡江さん?) 
暗い日陰から出てきたのは、やはり3年C組の岡江 直己だった。
「……岡江さん……」
岡江は照れたような表情で頭を掻きながらこちらに歩み寄ってきた。掴み合ったまま僕達は時が止まった様に岡江を見つめていた。
岡江を見た琳は急に、僕の手を振りほどきドアに向かって走りだし、出ていってしまった。

「琳、りぃん!」
僕の言葉虚しく、彼の背中すら届かなかった
「あっ、あぁ〜ぁ、俺としたことが……」
岡江は僕の方へ近づきながら、恐縮しているようだった。
「悪気はなかったんだ、すまん。英語は苦手でね、サボってたらそのまま寝ちまったみたいなんだな、これが……」
「悪気だなんて……僕達の方こそ、迷惑を掛けてしまいまして……申し訳ありません」
「いや、そんな丁寧に謝らなくったって、俺の方こそ、すまん」
 僕は少なからず彼、岡江とは面識があった。岡江は剣道部の主将で、インタ−ハイでは団体2位、個人優勝の実力者だ。元々、学校の伝統でもある剣道部は隆盛を極めてはいたが、部員数の減少から年々、衰退していっているようだった。しかし、その中にあっても岡江は逸材の様で、一年生の頃から大学推薦の話が持ち上がるくらいの実力者だ。

あまり、話をすることはなかったのだが、先の美術部の鈴置部長が剣道部の岡江さんと同じクラスだった関係で、僕達はお互いを見知っていた。
僕は何時も、彼を落胆させ、彼の心の強さまで奪っていくような事をしている。僕は自己破壊的な傾向から、サディスティックな言動で彼を度々傷つけた。

「まぁ〜なんだなぁ、彼氏さぁあんな顔することもあるんだなぁ。初めて見たよ」
岡江は僕のすぐ側まで歩み寄り、手摺に身体を預ける態勢をした。
「……滅多にないんですよ、あんな事。よっぽど、僕の事が腹に据えかねたんでしょう……」
僕は努めて冷静に言った。

「……ふ〜ん」
「……」
岡江は口数の少ない人で、表情もあまり表に表わしたりはしなかった。しかし、どこか無器用な性格は実直そうでいて、誰からも信頼を得ているようだった。
「……追いかけなくていいのかい?」

岡江は僕を見ずに、眼下に広がるグランドを眺めながら言った。
「……いいんです。今、いってもお互い、気まずいだけですから……」
「……そう?……」
「……」
「……けど、喧嘩できる相手がいるッつうことはだな、いいことだな…うん、うん」
岡江は自分の言った言葉に、妙に感心しているようだった。

僕はそれに答える風でもなく自嘲ぎみに「……そんなもんですか?」と、呟いた。
岡江は眼下に広がる埃っぽい運動を見やりながら、
「……そうさ、相手がいなきゃ喧嘩もできない。餅つきと喧嘩は独りではできないって言うだろ? ……ちいぃと、たとえが古いけどよぉ」
岡江は僕に妙に気を使ってくれているようで(それだけ、この場所にいたことが悪いことであるかなように)すまない気持ちで一杯になった。

「かわいいと思わないか? 君の気を魅こうとして、突っ張ってみせて……心配して欲しいんだよ」
「……」
(心配して欲しい? ……彼が?)
「俺の事が気になって彼氏を追いかけないんだったら、お門違いだぞ。俺は只の石コロだ、何の遠慮もいらないさ」
「……今、すぐにですか?」
僕は、煮え切らない態度をとり続けていた。

「今、追いかけないなら何時、追いかけるんだ? ……時を逃がしちゃいけない。今がその時だよ」
地上から吹き上がる風が、岡江のやや伸びている黒い髪を揺らした。柔和な顔つきだった岡江がどこか淋しそうに見えたのは僕の錯覚だったのだろうか?
「誰が言ったんだかなぁ……ク−ルビュ−ティだなんてさ。しかっり君にぶつかってるじゃないか。……受け止めてやるのも、親友の、君の役目だよ」

「……」
僕は今だ迷っていた、走って、追いかけて、そして捕まえて、と。
しかし、バツが悪すぎる、とも。
「追いかけろよ、早く行けば未だ間に合う。俺はサボリの真っ最中、昼寝の白昼夢さ」
つい先程、岡江の寂しそうに見えた笑顔が、今は突き抜けるような明るい表情に見えた。
僕は岡江の中に父性を垣間見た様な気がした。
「……」
「さぁ、早く!」
僕は勢いよく背中を押されたように感じられ、心の何処かが軽くなったようだった。
「……有り難うございますっ」
僕はそれだけを言うのがやっとで、彼の顔も見ずに走り出そうとした。早く、早く行かなければ。(行って、謝るんだ)背中で岡江が僕に何かを言った様な気がしたが、僕は早くしなければという思いに捕れていて、振り向きもせずその場を走り去た。

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