y Mount Cook Lily 19) 波乱の幕開け
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19) 波乱の幕開け

幾分か前に教室を出たはずの高橋は、意外な程、足が遅いらしく僕達のホンの少し前を上体をやや左に傾けながら、ユックリとした足取りで歩いていた。僕は琳に言葉をかけるのを躊躇っていた。琳に高橋と特別、人に言えぬ事をしていた訳でもないのに、何故か後ろめたさを感じていたからだ。彼に何か状況説明をしなければという思いにかられはしたが、それをしてしまう事は、自分に何かあったと言っているような気がしていたからだ。そんな事を考えている僕は、頭と身体がバ ラバラになってしまっていて、上手く歩く事が出来ないでいる。僕は琳の歩行を妨げているようで彼は歩きずらそうであった。

 琳は一旦立ち止まり、僕の方を見ながら言った。
「……あいつ、何か言ってたのか?」
(何か言ってたのか?とは、どういう意味かは僕には図りきれなかった)        
「特別、何も……」
僕はそう答えるだけに留まった。何れ琳のもとへは、高橋本人から話があるだろう。僕が話して、ややこしくするより、随分ましに思えたからだ。
「……そう」
琳はそれだけ言って黙ってしまった。相変わらず、彼は僕の右腕を掴んだま離そうとはしなかった。僕は段々この沈黙が耐えられなくなってきていた。
 学園の廊下で、しかも下級生の棟なのだ。彼は何をしていても目立つ存在だ。どこにいても声をかけられるし、彼から返事をもらったとか、話をしたとかだけで話題になるぐらいだからだ。彼に声をかけようとしている下級生でいっぱいなこの場所は、僕が一番嫌っている場所だ。


琳が僕に向かって何か言いかけた時、僕の右側にある教室から聞き慣れぬ声が僕を呼んだ。
「あのぉ〜武上さんですよね。美術部の部長をしてらっしゃる…」
声は小さくて聞き取りにくいが、何か強い意志を持った、燐とした感じのものだった。僕は自分の肩越しに彼を見た。声の主は僕よりもやや背が低く、痩せていてどことなく品が良さそうな感じに見受けられた。(多分、彼の育ちの良さが全体の雰囲気を醸し出しているのではないだろうか)彼はやや恥ずかしそうに僕達を見ていた。
「……そうだけど、何か?」
僕は彼とは一度も面識はなかった。
(誰だろう?入部希望者かな?)
「少し、お時間有りますでしょうか? 宜しければ、お話がしたいのですが……」
「……」僕は、返事に躊躇した。
「悪いな。密は、先約があるんだ」
琳は僕より素早く彼に返事をすると、掴んだままの右腕を力任せに引っ張り歩きだした。僕は引き摺られる格好となり、よろよろと歩いた。
「ごめん、これから予算会の会議なんだ。又、こん……」
僕は名前の知らない下級生に向かって叫んではいたが、琳の引っ張る力が強くて最後の方は、相手に聞こえたかどうかはわからなかった。

僕は少しムッとして、
「いい加減に離してくれないか? ちゃと議室に向かって来ているんだし、何も、引っぱらなくてもいいじゃないか?」
彼の急ぎ足が急に止まったので、僕の身体は彼の背中へぶつかる格好となってしまった。
「……痛いなぁ。急にとま…」
琳が振り向いた事より、彼の表情の険しさに驚いて二の句が出なかった。彼は険しい表情のまま僕を見据え、僕の鞄を胸元に差し出しながら、
「……鈍感、馬鹿、間抜け、お人好し、すっとこどっこい……」
(すっとこどっこい? なんだぁ?)
「ちょっ、ちょっと、待ってって…」
彼は僕の言葉に耳を貸そうともせず、鞄を押しつけたまま、足早に去っていった。
少し先を歩いていた高橋を追い抜きざま琳は、大きな声で怒鳴った。
「高橋! そこの馬鹿も連れてこいっ!」

僕はゆっくりとした調子で彼に近づき、
「何で、あんなに怒ってるんだろう?」と言い、高橋を見た。
「高橋! そこの馬鹿早く引き摺って来い!」
琳が相変わらず、多田羅を踏みながら怒鳴っていた。彼は馬鹿笑いしながら、
「……お前又、何か余計な事でも…言った…の…か?…」
高橋は余程可笑しかったのか、僕に話しかけている最中でも笑い続けて言葉が聞き取り難かった。
「何も言ってないよ。馬鹿、馬鹿って何なんだよ?」
「ありゃ……相当ぉ頭にきているぞ!」
「僕が悪いのか?」
「悪くないって、どうして言える?」
高橋は可笑しさを堪えながら質問してきた。
「……下級生と喋っただけじゃないか? どこが悪いんだ?」
僕の心の中は『?』マ−クでいっぱいだった。
「本人に聞くんだな。どうしてか答えてくれるぜ」高橋はまだ笑っていた。
「彼が質問に答えてくれたら僕は君に昼飯を一年間驕り続けるよ。……彼は僕に質問して答えることを要求しても、僕には……」
「僕には?」
「……三日間の…家出かな? 三日で済めばいいけど……」
「はぁ〜?」高橋は笑いながら僕を見て、
「お前は……奴の何だよ?」
「……家政婦?、腕は超一流だよ」
「……あいつも苦労するなぁ。相手がお前じゃぁねぇ〜」
高橋は腕を組ながら、考え深げな態度であった。
「……もういいよ、僕が馬鹿です。馬鹿なんです。解かったから早く行こう」

今度はさっきとは逆に僕が何か考えている高橋を引き摺って会議室に入っていった。会議室には僕達を除く全ての部長候補生は(正式に部長になるのは三年になってからでその前の二年の時に次期部長を決めておく習慣があった)皆、整然と席に着いていた。         
 僕達は窓際に近い席が二つ空いていたのでそこに座ることにした。騒がしくない程度のざわめきの中で、教壇に立って補佐らしき二人の下級生と共に、何やら打ち合わせをしている琳がそこにいた。彼は先程とはほど遠い、落ち着きをもった態度でゆったりとした優雅な動きをしていた。
「今までの雰囲気とは随分違うな」 
高橋がそう呟くと教壇の上でプリントの整理やら忙しそうに動いていた琳がふと動きを止め、僕の方を向いて笑いかけた。
(…? 僕に笑いかけたのかな? 教室の雰囲気……そういえば……)
「言われて見れば違う気がするな。なんだか皆浮かれてるって言う……」
「はぁは〜ん、解かったぞ」
「どうわかったのさ?」
高橋は得意気な声ではあったが、僕の耳元囁くように言った。
「藤村さ、あいつがいるからだ」顎をしゃくってみせた。

「琳がいるから? だから、騒がしいの?」
僕は訝しげに聞き返した。
「そうさ」高橋は僕の嫌味な言葉も聞こえないフリをして短い返事をよこした。
その態度が一層腹立たしく思え、
「そうですねぇ、人を馬鹿呼ばわりしていたお人には全然、見えませんね〜」と、ひねた態度で答えた。
「ふふふ、お前、まだ根に持ってんの?」
そう、高橋に言われ僕は憮然とした顔をして「ちっとも」と強がった返事を返した。
「あいつがいるから、教室の雰囲気が異様なんだよ」
高橋は相変わらず僕を子ども扱いするように、言った。
「……教室?」
「あいつの態度は何時もの事だろ?そうじゃなくて、教室の雰囲気だよ」
「まぁあいつの”歪んだ性格”を知っているのは少なくても俺達以外に二人いるかいないかの数だな。だがな品行方正、眉目秀麗、頭脳明晰、この四文字熟語を背負って歩いてる奴はさそういねぇと思うけどな」
「それって、誉めすぎ?」
「事実だろ?」
「……まぁねぇ〜」
「そんな人間が傍に居たら騒ぐのは無理ないと思うけど、やっぱり一目拝みたいと思うのはファンの心理としては当然だな」
「ファンの心理ねぇ」(そんなものだろうか?)
「大体こいつら、藤村が議長をやるなんてどこで知ったんだ?一緒に住んでいるお前でさえ、さっき知ったばかりなんだろ?副部長や、来なくてもいい奴まで、委員会に参加しているなんておかしいぜ」

「えっ? そうなの、知らなかった」
高橋は、左手に持った鉛筆を指で回しながら話しを続けた。
「『身近な存在』だって思っているのは俺達だけかも知れないぜ。なんせ奴と話しするのが夢だなんて言う奴もいるんだからな」
「それ、夢、なさすぎじゃん」     
「……お前も相変わらず鈍いな。まぁお前は、あいつの側に何時もいるから解からないだろうけど、あいつを間近で見られるチャンスなんてそうそうないぜ。特に、下級生はな。実写映像、生音声入りじゃぁファンや取り巻のき連中は堪らんぜェ……だろ?」

「だろ? っていわれてもねぇ……よく解からないな。そりゃぁ、彼はココじゃ特別な存在だけど、近寄り難いなんて事はないよ?まぁ、僕達といる時と、ココにいるときでは性格に多大な差を感じるけどね……」
「あの端正な顔立ちちや起居振る舞いなんか見ていると、とても『そこの馬鹿も連れてこい』なんて気軽に言う奴だとは誰も想像しない……な、そう思うだろ?」
ニヤニヤ笑いを浮かべた高橋は、僕の反応を楽しんでいるかの様だった。
「……そこの馬鹿は余計だよ」
「はははは……だけどあいつ目当てで実行委員会に立候補する奴がいるんだ。ファンレタ−っていうのかな? ラブレタ−って言ったほうがいいかも知れないかな?  毎日、貰ってるんじゃないか?」
「そりゃぁ、貰ってると思うよ。僕だって琳に渡してくれって頼まれたことがあるからなぁ、一度だけだけど……」
「お前が?」高橋は意外だと言わんばかりの口調であった。
「まぁ、誰にも話してないし、話すような事じゃないから知らなくても当然だけど、琳は君に言わなかったのかな? ……あの時のことはよ〜く覚えてるよ」
「? 覚えてるって、何かあったのか?」
「あったも何も……さっき以上に怒りまくって二日ほど家出したよ。家出先は君の処だと思ってたけど、違ったな。ふ〜ん」
「『ふ〜ん』って、ねぇ……お前今更、考え込むまなよ。まさか、なんで怒りまくったかは解からないって言うんじゃないだろうな?」
不思議そうな顔をした高橋がいた。

解かるわけないだろ! 高橋ならわかるの? 僕は心当たりなんてないよ」
「……そうりゃぁ、お前……"ラブレターの橋渡し”したんだろ?」
「そうだよ。知らない奴だったけど『手紙を渡してください』って言われて、『自分で渡せよ』って言って断るのかい? ……そりゃ、自分で渡した方がいいに決まってるのは判ってるけど、僕は……断れないよ。相手のことを考えると……。それに如何して僕が彼に手渡したぐらいで、怒られなくっちゃならないのさ。『自分に自信が無いなら止めろ』なんて僕には、とても言えないし、僕が彼の立場だったら渡してほしいって思うもん」
僕は少し不愉快だった。
高橋だったら理解してくれると少なからず思っていたからだ。
しかし、高橋は不可解な表情を作り、
「……すまない。お前はそういう奴だって事を忘れていたよ。……なかなか、上手くいかないものだな。一寸したことでずれていやがる。その事が一番骨身に凍みているのはあいつかも知れないな」
高橋はどこか遠い眼をして僕を見つめ、左手で僕の前髪を掻き上げた。  
すると突然、教室中に響き渡る声がした。
「これから定例のクラブ予算委員会を始めます。以後、私語は慎むように!
まずは前期のクラブ活動の内容、及び収支を運動部より報告……」
琳の艶かしい声が一層冷たく聞こえた。
「……こりゃぁ、荒れるな」と、高橋が言った。
僕は何故か胸騒ぎを覚え眉間に皺を寄せた。

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