y Mount Cook Lily 23) ありふれた日常
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23) ありふれた日常

から十分程歩くと、なだらかな坂道にあう。坂道の両側には柳の木と桜の木が交互に植樹されていた。坂道を上がり切ると、右手に三面のテニスコ−トと溜め池がある。左手側に校舎の門があり一番広い第一運動場があった。

 外門を入って正面に校舎があり、左手に屋外のバレ−コ−ト、その奥に二階建ての体育館がある。体育館の二階は本校舎の廊下と繋がっており、外履きの靴を履き替えなくても渡れるように、便利になっている。コの字型に建てられた校舎の真中に、学生専用の昇降口があるが、それは高等部の一年から三年までの学生が利用している。
 
 右手奥に建てられたL字型の校舎は中等部のもので中等部専用の外門から入り、中等部専用の昇降口で出入りをしている。校舎的には高等部と中等部は離れてはいるが、同じ敷地内で入り口が違うだけなので、彼らは常に顔を合わせられる状態になっている。だが、厳格な上下関係を求められる学園内では、中等部が高等部へ出向くなどはありえないことであった。しかし、中庭があり、そこには芝生が敷きつめられ、木々が植えられて、学生達の憩いの場になっていた

そこは主に、高等部の人間が昼食をとる場所となっているが、中等部が高等部と接触できる唯一の公の場になっていた。

「おはようございます」
「おはようございます、藤村さん」
「藤村先輩、おはようございます」
「あっ?あぁ、おはよう」
 琳の学校近くでの挨拶は一体、どのくらいの人間からされるのか、判らないぐらい声がかけられ、彼はその一つ一つの声に答える訳でもなく淡々と返事を返していた。不愉快な顔つきはいつもの事で、ゆっくりとした調子で僕の脇を歩いていた。僕は何時もの事ながら、彼の人気の高さを思い知りながら、足早に駆け抜けて行く、生徒を見ていた。琳が学生鞄で、僕の脇を突きながら言った。

「……鍵の事で怒っているのか?」
「えっ? ……違うよ。怒る訳ないだろ、なんで?」
僕はそう言って彼の方を見た。
「……悪かったよ、あんな言い方して」
彼は僕の肩に手をかけ、耳元で囁いた。
「いいよ、気を使ってもらわなくったってさ。それに、なんとも思ってないよ」

僕は肩に手をかけた琳を押し離そうとしたが、彼はそれを拒否した。仕方ないので、僕はそのまま歩き続けた。(ここでこれ以上、強引に進めると、又彼の機嫌を損ねそうだったからだ)
「じゃぁ、なんで黙ってたんだよ? ……話ししないし」
「……いやさぁ、いつもながら人気があるなって」
「人気ぃ?」
「うん、今まで掛けてきた後輩って知り合いじゃないだろ? ……それとも知ってる人?」
「〜んな訳ないだろ?! ぜぇん〜ぜぇん、知らない人」
僕は答えにため息をつきながら、
「はぁ〜……そうだろうな……」
「……おはようございます、藤村さん」
他愛もない会話を続けていても、僕達の側では彼への朝の挨拶が続いていた。

 「よう、武上!」そう言って、僕の肩をたたく者がいた。
右手側に見慣れた顔に笑顔を称えている、高橋がいた。
「馴れ馴れしいぞ、大樹!」
声の調子を落とし気味に、琳が返事をした。    
「……へいへい、今日も麗しくていらっやるようで……」琳に対してこんな口の聞き方が出来るのは、彼、高橋と中学時代からの”夜の見回り組”の伊織田と、彼のバンドのメンバ−ぐらいなものだ。

「……ぬかせ……」
そう言って彼は僕の肩から手を外すと前を向いたまま黙った。
僕は右手側にいる高橋にそっと、耳打ちした。
「……どうかした?」
「どうもこうもないね……喧嘩した」
「……どうして?」
「わからん」
僕は『信じられない』といったポ−ズで両手を広げてみせ、高橋に返事した。高橋も僕のポ−ズを真似て、『俺もだよ』と言っているみたいだった。

琳は僕と高橋が一歩下がった所で、ゴソゴソしている感じを読み取ったらしく、急に僕の左手を引っ張り前に向かって、大声で喋った。
「密! 今日の一時間目って体育だろ! 急ごう!!」
「えっ? 体育? って、ちがぁ〜」
 一時間目が体育のはずが無いし(現国のはずだ)僕と琳とはましてやクラスが違う。それより僕は高橋と同じクラスなのだ。高橋は引き摺られて、校門を潜る僕に手を大きく振りながら『教室でなぁ〜』と叫んで、見送ってくれた。

トバッチリを受けた形となった僕は、琳と別れてクラスに行くまで彼は終始、無言で通した。
別れ際も、片手を振って教室に向かったが、何も言わず、顔すら見せなかった。             
『相当、機嫌が悪い……高橋の奴何やったんだか』
僕は教室に入り、挨拶を交わしながら、自席に着いて一息いれた。
突然、降って湧いたように僕に挨拶をしてきた者がいた。
「グッモ−ニぃングぅ、ひ・と・かぁ?」
「……ひ・そ・か、だよ。佐伯 巧!」
「朝から、ご機嫌ななめかぁ? ……フルネ−ムでおこらないでぇ」
 この、少し、ピントのずれた感じの男は、佐伯 巧と言って、イギリスからの帰国組だ。 両親ともは日本人だが、彼の父親の仕事の関係でイギリスの生活だったが『大学はぜひ日本で』とたっての祖父母の願いで、帰国となったらしい。長身でガッチリとした体つきなのに、物腰は柔らかく、人当たりがとてもソフトの感じのする紳士だ。
(ただ、なかなか僕の名前を覚えてはくれないのが、難点だけど)
性格は明るく、冗談が好きで、社交的だ。
「……そんな顔は、ダメだよ。 ク−ルフェイスはよくないね、ハンサムな顔がダメになっちゃぅ」
「……嫌みに聞こえるなぁ」
「どうしてさ?ひとかは、ハンサムだよ……自分で認めてないの?」
 僕は答えに窮した。彼の“どして攻撃” に閉口していて二の句が継げず、それに彼に反論するだけの気力がなかった。
「……君に、ハンサムって言われたくないよ」

そんな時、又、新たな頭痛の種が飛び込んできた。
「よう、武上ぃ〜、サエも一緒か?」
彼は佐伯と同じクラスの、杉原 正未知 ことミッチである。(マサミチまで現れたか……)
「あっ! 今、嫌ぁ〜な顔したなぁ」
「……そんなこと……ない」
「イマイチ、説得力にかけるぞ?」

僕は否定したが、顔の表情までは作る事が出来なかったので、引きつっていた。杉原は両方の上履きの靴の踵を踏みつけ、白いボタンダウンのカッタ−シャツの襟のボタンを開け放ちクレストのスク−ルカラ−のタイをル−ズに締めていた。着崩した服装をしている割りには、悪びれてみえないのが彼の特徴だ。おぼっちゃま風の佐伯に対して、下町風の杉原はお互い気が会うのか、よくつるんで行動していた。口の端を少し釣り上げるようにし、杉原が言った。
「……朝から、嫌なことでもあったか? それとも……殿下の事か?」
(殿下ねぇ……)
杉原は琳の事を殿下と呼んでいる。
急に目つきと声の変わった杉原が言った。
「……違うよ、お年頃だからね。色々と問題があるんだ」

その時、始業ベルが鳴った。ベルが鳴り終わる頃に、校門まで一緒にいた高橋が教室へやってきた。
「同じに来たんだろ? どこほっつき歩いていたんだい?」
「えへへへ……野暮ようで」   
「よう、高橋」            
「モ−ニン、高橋」杉原と佐伯がそれぞれ、高橋に声を掛けた。
「おう、二人揃ってなんだぁ?」
「いやさぁ、朝っぱらから現国なんて身体に悪いことしないで、俺達とサポタ−ジュしない?」
(おい、おい……実力テスト前なんだぞ?)

「お前ら相変わらず、余裕ぶっこいてんな」
高橋が二人に向かって喋った。
「おほほほ〜そんなことなくってよ〜」少々ふざけたように、口に手を当てながら身体は海老ぞりになっていた。
杉原達に笑いかけながら僕は遠慮気味に言った。
「なぁ、もうベルなったんだけど……」  
「俺、今日はパスね」
そう言って高橋は話の輪から外れて、自席へと向かった。 

僕は首を横に振りながら、
「僕は今、異常なくらい元気で、無ぅ性ぉに身体に悪いことをしたいと思っているんだ。……他の奴、誘ってよ」そう言い“もう直ぐ、先生が来るゾ”というジェスチャ−をしてみせた。
杉原と佐伯はお互いの顔を見合わせながら、  
「いいさ……じゃぁ、またねぇ」と笑いながら言葉を返し、廊下を走り抜けていった。

 教室はざわめきの中、新品のような皺一つ無いスーツを着て、状態を上下に揺らしながら堂々とある手くる年配の山本先生が入室してきた。彼の額は着用したスーツとは違い、深々と皺が刻み込まれていて、僕達を引っ張って行くだけの気力の重たさを、表わしているようだった。 
「……起ぃ立っ、礼、着席」代表の声が教室の中に広がった。 

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