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29) 偶然と必然の間

「奥田先輩が欠席をしているらしい」

朝、挨拶もなしに高橋から言われた一言が、心の中から何をしても追い払うことが出来なくなっていた。欠席は既に10日を過ぎているらしかった。
原因は…あり過ぎて検討することさえ億劫だ。
どうせ考えても答えは出ないのだ。

「あいつに言ったか?」
「…あいつ、って?」
『バカッ!』高橋が耳元で喚いた。
「なっ!」
『なんだよコノ野郎〜』と口走りそうになったが、どこか哀れな物を見つめる目つきで僕を見る高橋を見てしまっては、そんな言葉を吐けるものではなかった。

「…琳のこと、だろ?」
「…ったく、わかってんなら、言うなっつうの!」
「……」
「で、どうなんだ?」
「どうって?」
「お前、いい加減にしろよ? 聞いてんのは俺だぜ」
「…わかってるよ、別にそんな目くじらたてて怒んなくったって、なぁ」

大袈裟に大きな溜息を吐いて、子ども扱いをする高橋にげんなりとした態度で見返すと、それでも「心配なんだよ」と高橋は優しく声をかけてくれた。

「ご、ごめん」
「いや…謝ってもらうようなことでもねぇし…」
「…琳と話はしたことないんだ」
「……」
「……」
訳がわからないといった感じで僕を凝視する高橋の顔が不謹慎だか、面白かったので、つい笑顔になりかけてのを慌てて取り消した。
「どういうことだよ?」
「どう、って?」
「話したことないってのが、どういうことなんだって言ってるんだよ、俺は!」
「あぁ…そういう、ことね」
「『ね』じゃねぇ…」
「そのものズバリだよ、琳とはその話題について一度も話したことがない」
「……お前、福屋さんと話した内容も喋ってないってことないよな?」
不審そうな目つきで僕を高橋が見た。
しかし、僕はそ知らぬフリを決め込み「うん」と首を縦に振った。
高橋は神妙な顔つきで僕をじっと見つめたかと思うと、盛大に溜息をついて天を仰いだ。

―――いや、ここで天を仰がれては困るのは僕なんだけど…。

心底困ったような態度で僕を無視して困惑する高橋に僕は掛ける声を忘れて彼の次の言葉を待ってみた。

「…お前一人で処理するつもりだったのか?」
「処理?」
不満そうな声で「奥田の後始末だよ」と高橋が言った。
「…後始末って…言い回しが不穏だよ。…それにあれから何事もない。僕等の取り越し苦労だ」
「随分、楽観的じゃないか?」
「ベ、別に…気にする程のことでも…」
「あいつがココにきてるうちはな。特に気にも留めねぇさ」
「……」
「休んでいるんだ、何かあったんだろうって思うだろ、普通」

―――そうだろうか、皆心配するような事態なんて絵空事だったんだろうって思えないんだろうか?
「…何にせよ、気をつけろ」
いつもは、のほほんとした態度でいる高橋が眼光鋭く喋るのは珍しいことだった。「わかったよ」と殊勝な態度で返事をした。これ以上、わかっていて茶化すのはよくないことだと思い直ぐに自分の態度を改めた。

「それと…言いたくないのはわかるけど、藤村には言っておけよ。…あいつ、後で知ったら余計始末が悪い。お前判ってやってんなら俺は何も言わんがな…」
妙に迫力ある言い回しをするもんだと、思い「…そんなことわかってるよ。伊達に一緒にいるんじゃないんだから」

「へぇ〜そうなんだ。ふ〜ん」
目を弓形にして僕を見下ろす高橋は意味ありげに笑った。
「うるさいっ! もう、あっちいけっ!」
僕は形勢が悪くなったので、高橋の顔も見ずに廊下へ背中を押しやった。

すると廊下から入ってきた村上から声を掛けられた。
「お〜い、武上。お前んとこのクラブさ、休み期間中の教室の使用許可出したか?」
「…えっ? 出したよ、なんで?」
「そうか? なんかさ、1年の実習で美術室貸してくれってさっき聞いたから、お前んとこが使用するんだったら許可できないはずだろ?」
「そりゃぁ、そうだけど…。文化際前だから、使用許可ちゃんと入れてるけどなぁ…念の為に聞いてくるわ」
「あぁ、そうした方がいいぜ。坂下先生に許可申請言ってたみたいだから」
「そう、ありがと。行ってみるよ」

職員室へ向かうとやはり、1年生の実習とクラブの使用許可がブッキングされていたようで、理由を言ってクラブの優先を求めたらあっさり認められた。
―――そりゃぁそうだろう、クラブの方が先だったんだからな。

「いや〜、悪かったな」と謝ってきた小中先生は、昨年末から来た物理の講師だった。なんでも、部員が多くなりすぎた吹奏楽部員の説明会を行う準備の為に、借りようとしていたらしい。
 結局、音楽教室とは遠く離れてしまったが、小中先生が3年の教室を借りることでコノ問題は決着できた。僕はとりあえず、確保できたことに安堵し、部室へ向かった。

部室では其々が自分の作品の仕上げにかかっていた。
「ちわ〜」と僕が現れたのを目ざとく見つけた吉竹が声をかけてきた。
「あっ、先輩聞きました?」
「何を?」
「今週の日曜はここ使えないんですって?」
「…いいや、使えるよ?」
「えっ? だってさっき、吹奏楽部の連中がそういってたんですよ。自分達が日曜借りるから、悪いなって…」
吉竹は不思議そうに僕に言った。周りの部員たちも興味津々な目で僕を見ていた。

「…うん、そうなんだけど。それを聞いたから小中先生に掛け合って、先に予約を入れていた僕たちを優先して欲しいって言ったんだよ。だから、元鞘。日曜はここを使えます」
と、僕は笑いながら言った。

「…うぉ〜!!」
―――なんて声だすんだよ? 向山は…。
「なんだよ? 何かあったの」
僕はやや眉間に皺を寄せながら聞き返した。
吉竹他一同も、何やら複雑な顔をして各々に「あぁ〜」や「う〜」やら言葉にならない声を発して悶絶していた。
「…何、何かあった?」
僕は何やら嫌な予感を覚えながらも引きつった笑顔で言った。

すると目じりを下げてなさけない表情の向山が口を開いた。

「…すいません。てっきり休みだと思って…それで…」
「それで?」
「はぁ…久しぶりに息抜きしないかってことになりまして、まぁ…ランドでも行こうかって盛り上がっちゃんたんですよ…」
言いにくそうに頭をガジガシとかきながら向山が言った。

―――「あっははは…そうなの?」
「皆で行くの?」
僕は笑いながら聞くと、向山一同が僕を見つめながら大きく頷いた。
その仕草に苦笑いをし、僕は眉毛を下げながら言った。
「いいよ、行ってきたら? とりあえず、僕は準備室の整理があるから出るとしてそれ以外は自己裁量ってことにしよう」

一同は信じられないものでも見るように「やったァ――」とか叫びながら嬉しそうに歓声を上げていた。
「さぁ、そうと決ったんなら展示物をサクサクと仕上げよう」
僕は皆が喜んでいる姿を楽しげに眺めながら指示をだした。

偶然だったのだろうか。
それとも必然だったのだろうか。
あの日曜日がこうやって形成されていったのを僕は後から知った。

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