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7) バイトの職種

駅へと向かう道は人通りも多い。繁華街であるこの通りは『これからが本番だ』ともいいたげに、人々で一杯になりつつあった。接待に腰を屈め案内するサラリーマン、合コンではしゃぐ学生達、その間をぬうように駆け抜けて行く原色の服を着たホステスたち。
 僕達の通っている学校の生徒が、こんなところをウロウロするはずがない、と考えると少しはホッとした。何しろ僕達の通う学校の生徒は、曲がりなりにも某のご子息といわれる人たちが大半なので、こんな安普請な場所へは出入りしないだろうと高を括っていたからだ。
 そんな時、僕達に向かって叫ぶ女の人がいた。 
僕達はただただ声の主を見つめ、そして、僕は可能な限り彼女が誰なのか考えていた。
「おい! ケイジ! 明彦だ! っ、つってんだろ! てめぇ、シカトすんのか!」
曼陀羅の様な色彩に身を包んだ長身の女が、重低音で喚いた。その途端、琳がびっくりとした様に僕から飛び離れた。

「……って、誰? ……ウソっーぉ!」
彼は素っ頓狂な声をあげ、女と思しき人に近づいていった。僕は僕の側を飛び退いた彼の後を、恐る恐る近づいて、彼の斜め後ろの位置に立っていた。
琳の知り合いと思しき人物は、かなりの怪しい雰囲気に包まれていて、回りの雰囲気まで巻き込んでゆくような感じだった。声は野太く、ゆうに185はある長身に赤いハイヒール、元某の選手といったガタイの良さ。
(……あんなの知り合いにいたかな?)

「ちょっとぉ〜ケイちゃんじゃな〜いぃ?」     
しかも、野太い声のわりに、かわいらしい(?)言葉使いで回りをビックリさせている。
「ケイちゃ〜ん、あ・た・し・よ〜ぉ。アキちゃ〜んよぉ〜」
「……明彦、明彦だよな? どーしたんだ???
いやぁ、まぁ、なんだなぁ、男……美人になったなぁ……って、なんで女装なんだよ?!」
「なぁ〜に、惚けてんだよ。相変わらず奇麗なのはお前のほうだろが! ……俺なんかぁ……」
「明彦、明彦! ……今、お前”女”だよ」
「えっ? いけね、忘れてた。ゴホン……あんたが悪いんでしょ。
それにしても素敵なスーツじゃない! 似合うわ〜ス・テ・キ!」
「今日はデート? っなわけないよな……その姿で。仕事だよな? しかし、その格好でするか、普通?」
「バイトなのよ、お金がいるの。これから出勤なんだけど……あんた、最近店に来ないわね? マネージャーが心配してるわよ。あんたがいなけりゃ売り上げがた落ちって言っちゃぁ、泣いてるわよ。ちょっとでもいいから顔見せてやりなさいよ。……ところで、あれ誰?」

「えっ? ……いや、何でもない。あ〜いや、ちょっ、ちょっとした知り合い」
「嫌〜ねぇ、あんた、隠し事しちゃって。おまけに何、ウロきちゃってるしぃ。ふっふ〜ん……恋人? 図星でしょ!」  
「っるせい! 仕事に早く行けよっ」
「ふ〜ん、じゃ行くけどぉ、『あなた、彼の恋人?』」
「?」(僕のこと?)
「うっせぇーよ! 話しかけるな、減る!」
「ぎゃ〜失礼なっ!! じゃ〜ねぇ〜店に電話しなさいよぉ」
野太い声の持ち主は、体をクネクネと捩りながら琳と別れの(?)挨拶を済ませると自分より遙かに小さい連れの男と、ネオンの街に消えていった。 
「……今の話、聞こえた?」
(聞こぇ〜でか!)
「じゅ〜ぶん、聞こえたよ。アリーナ席のど真中で聞いてたぐらいに……。彼女“あきひこ”っていうの? へぇ〜変わってるねぇ。まるで男みたい。ところで、“ケイジ”ってだ〜れだ?」
「えっ?何?“ケイジ”って、聞こえた? 俺、聞こえなかったから、何かの聞き違いかな?
……アハハハハァ」
「……ハイテンション馬鹿」
「……別にぃ、なぁ〜家に帰ったら、喋るからさ、いいだろ?」 
「ふん、又家に帰ったら、他のことで誤魔化されるからな。今じゃいけないの?」
「じゃぁ何? 俺がいつも誤魔化してるって、思ってるわけ?」
「別に、『いつも』って思ってやしないけど僕が質問して嫌なことだったら、喋んないじゃん! ……違う?」
「……まぁ〜なぁ」
「都合悪いとさ、こうだろ?」僕は彼に向かってヘラヘラと笑ってみせた。
「オツムが悪そうな笑いだな。……似てなくもない……」
「……だろ? で、“ケイジ”って源氏名で何のバイト?」
「“ケイジ”は、ホストクラブぅ」
「『……は、ホストクラブぅ』って事は、他に未だあるって事だよな? ……ゲイバーじゃなんての?」
「……ゲイバーは……指名してくれる? ウソだよ、……怒ってる? すんげぇ〜恐い顔してるぅ」
僕は自分に隠れて、しかも黙っていた上に嘘までついていたという事に腹をたて、彼を責める口調と表情をしていた。
(本当は筋違いにも関わらずだ。)琳は覚悟を決めたのか、小声で話しだした。
「まさる……」
「まさる? ってなんで…まさか、伊織田の名前採ったの?」
琳は苦笑いをもらしながら頷いた。
「……」
「……酷い奴! で、オカマバーはなんての?」僕はここぞとばかりに、質問をした。
「……『ミチ』……」
「『ミチ』って、何んだか聞いたことあるなぁ。……しかし、何言っても無駄! オカマもゲイも同じ。今日と言う今日は、引き下がらんからね! まぁ、なんでもいいけど、水商売だけはだめだって言ったのに、どうしてそうなるの?」

「……あのさ、別に自分から言ったわけじゃないんだぜ。そのぉ、たまたまホストクラブに来ていた客が『オカマバーに連れてってくれ』って言ったから一緒に行って、そしたら『女装したらいいんじゃないか』って言うし、まぁノリでね、それから、ちょくちょくと……」
「『ちょくちょく?』」
「水商売って、バンドの合間にするバイトの中じゃさぁ、結構、しやすいんだな、これが。好きな時間に出勤できるしさ、元々俺の方から雇ってくれって言った訳じゃないから、融通きくしぃ、時間給も割りといいしな。それに、俺がバイトしてるってわかりゃしないぜ。変装してる様なもんだから 」
「……未成年じゃないか」
僕はそう返事したきり頭を抱えて黙り込んでしまった。

「話したら、許してくれた? ……お前が気を回すような事はしてねぇし……ただのバイトだよ。女装は俺の趣味じゃない。かわいい格好をして、席に座って、話して、飲んで、それで終わり。まぁ、後のことは本人次第だけど……そんな余裕ぶっこく奴はいねぇよ。あの店でも結構忙しいんだぜ」
「……僕が口を挟む問題じゃない事はわかっているよ。けど、僕達二人が生活するには十分すぎる程のお金を、君のお父さんから貰ってるんだ。僕には、義務と責任が……」と、僕が言いかけたとたん、急に彼は烈火のごとく怒りだし、
「義務と責任? ……なんだそれは?何故、お前だけが養われていると、感じなければならないんだ?俺の親父が、お前の親父じゃないって事で、養われる理由がないって言う訳か?俺の親の金で、暮らしていることがそんなに負い目に感じるのか、えぇ?」これだけの援助を受けている僕達親子は、どう考えても琳に頭の上がるはずもない。
彼はそれすらも、忘れろというのか。

「……バイトの事は、言うよ。ちゃんと、話しをする。それでいいだろ?
お前の望まないことは決してしない、なっ? 絶対だ、……約束する。」
僕は彼の女装(いや、女装じゃなくてもよかったんだ)姿を、僕の知らない人間に見せたくは無かっただけだ。つまらない嫉妬心の為から彼を責めたのだ。       
僕は彼を責めたのに、彼はそれを当然のように受け取った。
酷く嫌な気分だ。
思ってみることも許されない事なのに、それなのに僕は彼を。
嫌な自分を十分に思い知った。

「…………」
「……俺が親父の金を嫌い、自分で稼いでいる理由を言わなくっちゃならないなら、いつでもいい、いってやるよ。ただ、親父の金で暮らしてる事は、お前が負い目に感じることなんか、これっぽっちもないんだぜ。親戚すらいない身寄りのない俺を引き取り、育ててくれた母さんへの見舞いだと思えよ。あいつにはそれぐらいしか出来ないからな。……つまんねぇ考えは捨てろ。だから、お前も言いたいことがあったら、俺に何でも言ってくれ。……俺だけに……」
 僕には答えられなかった。『母さんへの見舞い』育ててくれた恩だというのか?しかし、僕達親子は金銭的に援助を受けている。十分と思われるぐらい、亡くなった父の残した借金、僕が高校へ進学する為の諸費用と学資、そして、贅沢な暮らしを支えている毎月の生活費。

「遅くなるよ、早く帰ろう。……何も食べれなかったから、家に帰ったら、何か作ってくれる? ……腹減った」
バツの悪い僕に彼はそう声をかけ、笑った。
「あぁ、帰ろう、一緒に……」
僕はそんな彼の心づかいが嬉しくて、僕まで笑いながら彼に返事をした。
「ところで『ミチ』って名前だけど、あれ、向かいの煙草屋の婆ちゃんとこの、年寄り猫の名前じゃなかった? ばぁちゃん、そう呼んでなかったけ?」 
「えへへへ、ちょっと拝借ってね」
「……信じられない」
僕達二人は笑い合いながら、並んで帰りを急いだ。    

その時、かれは嬉しそうに 『Nothing's Gonna Stop Us Now』 という歌を口ずさんでいた。
彼の声が、僕の耳と心を深く揺さぶった。

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