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34) 三面記事にもならない事

『どうしてこんなことするの?』
『……』
『どうして?』
『……』
僕が琳を詰っている。
―――これは夢だろうか?
何を詰っているのか判らなかったが、悲しそうな顔をしているのに無理に笑う琳が見えたが、不意に誰かが僕の髪を触った。

そこで、僕は目が覚めた。
「……怖い夢でも見た?」
頭の後ろから琳の声が聞けたので、身体を起こして振り向いて驚いてしまった。
「…何、どうかした?」
「……う〜ん、何でもない」
「学校、どうだった?」
彼は僕の返事を聞いて、何か言いたげだったが口には出さず、どうでもいいような会話を続けようとしたみたいだった。
病院
「……別に、どうってことない。 琳のこと心配してた」
「心配? 誰がぁ?」
と、おどけながらやや痛むのか、わき腹を押さえて眉間に皺を寄せていた。
「みんなだよ」
「……来なくて清々してる奴ばっかだよ。
だって、今度の学力テスト俺、出れねぇもん」
「出なくていいよ、それより…早く治してよ」
「……どうして?」
「寂しいから」
「ふ〜ん」
「…………」
「素直だね、いつもそうだったらいいのに」
「…………」

結局、琳の件は僕にはどうなったのかわからなかった。
龍ちゃんは「お前が心配しなくていい」と言うばかりだし、母は「龍ちゃんに任せてれば大丈夫だし、母さんがちゃんと詰めているから、安心しなさい」と言う。
 一度、担当医の先生を訪ねて村上さんが来ていたのを見かけた事があったが、琳の話は大人たちの事情で丸く収めたようで僕はいつものように蚊帳の外だった。龍ちゃんにそれとなく聞いてみようとしたが、失敗に終わった。結局、僕は授業が終わると彼の元へ見舞いに来て、最終時間まで居座っているしかないのだ。

学校からも呼び出されたが、肝心なことは何一つ聞かれることはなかったし、繁華街をうろつく様な事をしたのは何故かと問われたぐらいだった。ただ、琳は不幸だったが、大事に至らなくて良かったと安堵され、僕が無事だったことも不幸中の幸いだと言われた。正直、ここまで曖昧に事が運ぶものなのかと眉を顰めたが、事は粛々と過ぎて行くようだ。

琳はそれを『計画通り』とほくそえんだ。
事の進行に琳は至極満足げで、僕が来るのを心待ちにしていると言う。
『僕より素直じゃないか?』そう、言ってやろう思ったが止めた。
今は何を言っても立て板に水だ。彼の優位は揺ぎ無かった。

「…心配?」
急に琳が言った。強気な態度の割に表情は固かった。
「何が?」
「…バレるって思ってるだろ?」
「…思ってないよ」
「ウソ! 思ってるクセに」
「僕は言わないよ」
「……わかってる、そんなこと」
「……」
「心配しなくていいんだよ? 何もかも上手くいくから」
「そんなこと…」
「そんなこと?」
「琳の計画だろ? …狂いはないよ」
「嫌味?」
「…別に…」
「言いたいこと、あるんだったら言えよ。俺の思惑通りに事が運ぶんだったら、
密の嫌味の一つや二つ、どうってことはない」
少々傷が痛むのか眉間に皺を寄せて痛がったが、琳の口元は緩んでいた。

「怖いんだ」
「…何が? それとも…誰が?」
「思い通りに事が運ぶのが。 他にまだ何か有るんじゃないかって……」
「相変らず、取り越し苦労ばかりしてる」
「……」
「起こってもしない事を考えるなんて“下らない”よ。それよりもっと他に考えることがあるんじゃないの?」
「…………」
「世間なんてこんなもんだよ。“真実”は知らない方がかえって都合が良いのさ。全てが“真実”がいいなんて、誰が言った? “真実”よりも俺の言った言葉が“信じるに足るもの”で、皆が納得する事実なんだ。それに皆が賛同したんだよ。
これこそが、ベストの方法だと思わないか? 誰もが少しの不都合に目を瞑れば、少しの不自由だけで済むんだ、だから目を瞑って賛成したのさ」

「何それ? 本当にそれでいいの? 皆が得したっていいたいの? 傷ついたのは琳じゃないか! 琳だけが…貧乏くじを引いたんだよ?」
僕は少々苛ついて声を荒げて答えた。
「損得で考えるなら、損を小さくして分け合えば痛手が少なくて済むってことだよ。
…貧乏くじね〜ぇ。そんな風に考えてたの? そうかなぁ? 俺はそうとは思わないけど……寧ろ、一番得をしたのは何を隠そう“俺”なんだよ?」
「…?…」
「俺は生きてるし、ケガも大したキズじゃない。1ヶ月ほど休めるんだし、優雅に暮らせる。まぁ、病院だから旨い物が食えるわけじゃないが、上げ膳据え膳だ。それに……密から欲しいものを貰ったし、ね」
「…僕から?」
「そう、言ったよね? 『僕は琳の言うことなら何でも聞くから』って、覚えてる?」
「…覚えてるよ」
「うん、だと思った」琳は満足そうに微笑んだ。
「だからね、もう、待つのはやめたんだ」
「えっ?」
僕は琳の言っている意味がわからなかった。

「流石に焦ったよ、今回の一件ではね。ボヤボヤしているうちに取り返しがつかないことになるかもしれないって思った。
ほんとに焦ったよ。だから早く手打つ必要があったんだ。お前が落ちてくるまで待とうと思ったけど、止めた。
馬鹿馬鹿しくて……俺ばっかりが心配してるし、お前は“親父と借金”の事ばかり気にしてるし。これからは俺のことだけを心配したら良いんだ。…楽だろ? 何の心配もいらないんだから」
「……何言って……」
僕は混乱するばかりだった。
「だから責任とってよ」
「責任?」
「そう、このキズの責任。キズモノになったでしょ、俺」
「キズモノ?」
「そう、だから真理子と別れて僕と付き合ってよ」
「……何、言ってるの…」
「勿論、伊織田にもちゃんと引導渡すんだよ?」
僕は絶句して暫くの間、二の句が継げなかった。

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